武田忠義さん「希少種を法律でどう守る? 自然保護関係法令の実態・課題・活用法」

2001、2022/01/05

武田忠義さんたけだ・ただよし氏 1964年、江別市生まれ。北海道環境生活部環境室自然環境課勤務。

みなさん、こんにちは。きょうは、尻別のイトウを守るのにどんな法律や条令が使えるか、またどう使えばいいか、といったことをお話ししようと思います。

自然保護と行政というのは、しばしば対立したりするわけですけど、行政そのものに悪意があるわけではありません。役人が保身のためだけに仕事を行っているようではもちろんダメですが、市民の側も行政をうまく活用する、という意識は大切です。だれだって仕事をする以上は喜ばれるものにしたいと思うのですし。だれかがこんなことを言ってました。「行政をうまく使うには、おだてておだてて木に登らせてから、梯子を外しちゃうんだ」と。私もそう思うんです。

われわれはなぜ希少種を守らなければならないのか。法律をみてみると、たとえば天然記念物は保護されます。でもそれを定めている文化財保護法は「文化財を保護し、且つその活用を図り、国民及び世界の文化向上に資する」なんてことが目的だと書いてあります。生き物が「文化財」だなんて、ヘンな話です。天然記念物は、珍しいから、学術的に希少だから、といった理由で選ばれてきましたけれど、そういう考え方は、自然保護にはあまり意味がないんです。

図を見て下さい。三角形の底辺が資源量、高さが生物多様性の度合いを示しています。下のものは上のものに食べられる、という関係を示していて、てっぺんに位置するのは、「アンブレラ(傘)種」とか「指標種」とか呼ばれる種ですが、相対的に個体数が少ないこともあって、従来も保護対象になってきました。でも、肝心なのは、このてっぺんの種だけ守ればいい、というわけではないことです。三角形全体を見て、てっぺんの種は底辺の種に支えられている、という事実にこそ注目すべきだ、というのが、生態学的な希少種保護の考え方なんです。つまり、生きている環境全体を守らなければ、いくら頂点にいる種だけ保護しても意味がありません。

でも、この「生態系こそが重要だ」という概念で作られた法律は日本にはほとんどありません。

希少種保護・復元にかかわる現行の国内法

  • 自然公園法
  • 自然環境保全法
  • 鳥獣保護法及狩猟ニ関スル法律
  • 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律
  • 水産資源保護法

たとえば日本の国立公園、「自然公園法」に基づくものですが、これは国際的な基準からすると、国立公園の要件を満たしていません。単に「風致・景観を保護する」ための法律に過ぎず、そもそもイトウを守る、という思想はありません。

「自然環境保全法」は昭和48年に作られた法律ですが、いま見てもこれはかなり進歩的で、「優れた自然環境の総合的保全を図る」ことを目的にしています。地域を指定して、開発や捕獲行為などを規制できるんです。けれど、今度は立派すぎて、指定そのものにブレーキがかかってしまった。これまで指定された地域は、全国でも本当にごくわずかな箇所にとどまっています。

「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」はどうでしょう。大正時代に作られた時のまま、いまだに片仮名で記述されている非常に珍しい法律のひとつです。この法律の中に自然保護の言葉は出てきません。基本的に狩猟管理の法律で、保護管理の概念が不足しています。おまけに「鳥獣」の中に魚や海棲哺乳類は含まれていません。

平成4年に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」が出来ました。でもこの法律も、先ほどの三角形のモデルの頂点の種だけ保護すればよし、というレベルを抜け出せていません。希少種を指定して「保存」するという仕組みなんですが、地域個体群や生物群集ごとに指定する、ということができません。個体の保護にしか期待できない、ということです。

これらに対して、地域の生態系をまるごとみて、生物多様性を保全しようという姿勢を、全国初ではないんですが、先取り的に取り入れたのが、今年4月の「北海道希少種の保護に関する条例」です。まだ出来たばかりで、これから運用が始まろうとしているところです。

保護管理事業に沿って活動

この道条例のポイントのひとつは、指定した種に対して保護管理事業を策定できる、ということです。たとえばイトウを指定したとしますね。すると、地域を指定して、その中で開発行為や移入種の放流を規制したり、増殖のための事業を進めたり、といった保護管理事業を行えるようになるのです。その保護管理を行う事業者は、自治体、道の土現、国の開建、あるいはNGOでも構わないんです。みなさんの「オビラメの会」が尻別流域でこの事業を担う、ということも可能です。(

ただし種の指定をすると、捕獲禁止になりますから、イトウを釣ることは出来なくなります。復活事業が成功した段階で条例を解除すれば、再開できますけれど、するとマネジメント権はなくなります。難しいところですね。

さて、魚の保護には、水産資源保護法という法律もあります。これは漁業に大きく関わる法律ですが、農水省サイドも近ごろ、まだ淡水魚に限る話とはいえ、これまで経済最優先だったのが環境保全優先の考え方に大きく変化しているようです。

先進国はどうやってる?

さて、希少種の保護のために日本の法律はまだまだ足りないところだらけなんですけれど、この先、どういう方向を目指すべきでしょうか。ただ捕らなきゃいい、というのでなく、目標を設定してそこに向かって努力する、そういうワイルドライフ・マネジメントが求められていると思うんです。ワイルドライフ、つまり野生生物ですが、これは何も動物ばかり管理するんでない。むしろ人間側のマネジメントが重要だと思います。

アメリカの例を見ます。あちらでは日本に先駆けて70年代にEndangered Species Act.(ESA)、つまり希少種法ができたんですが、日本と決定的に違うのは、もしその種が絶滅に瀕していると明らかになった場合、連邦政府には速やかに指定して対策を始める義務がある、とされている点です。政府が指定作業をサボっていたら、住民訴訟を起こされてしまいます。あちらはNGOの力も強いですけれど、彼らはデータを揃えて裁判所に提出し、政府に保護対策を迫ります。種の指定に国民が参加できる、というわけですね。

日本では、野生動物はどこにも管理責任者のいない「無主物」という存在なんですけれど、米国の人びとは野生動物を国家の財産だととらえている。野生動物は国民共有の財産なのだから、その管理は行政に委託して行ってもらう、国民と行政はそういう社会契約を結んでいるのだ、という考え方ですね。行政が管理をほったらかしにして事態を悪化させれば「無為の罪」とみなされるわけです。

無為の罪といえば、最近のハンセン氏病裁判で、ようやく日本政府もそれを認めたわけで、すこし風向きが変わってきたかな、という気もしています。野生動物保護に関して、日本でもこれから「無為の罪」を問うような行政訴訟への道が開けてきたといえるかも知れません。

「不可知性」を意識しながら

ESAの特徴をもう一点。たとえば日本の国立公園などでは、建物の高さ規制とか開発の面積規制とか、数字で定められていますけれど、よく考えるとこんな数字に生態学的な根拠は全くありません。いっぽう、ESAでは「指定した種の生息に影響のあるものを規制できる」というふうにして、それぞれの種に合わせて、規制内容を細かく決めるわけで、かえって実効的なんです。

たとえばホッキョクグマなんかだと、手厚い保護の傍ら、狩猟も、年に何頭というわずかな頭数ですが、認めています。そのくらいの狩猟なら個体群維持に影響はないし、代わりに高額なライセンス料を取って保護事業に回すなら、そのほうが効果が高いと判断しているからです。こういうやり方でなら、イトウだって「釣りながら保護する」ということができるかもしれません。

肝心なのは、保護管理事業をやる場合は、データを集めて危機管理のシナリオを作り、マネジメントの計画には不可知性がつきものだと認識した上で、毎年の事業を次の年の計画にフィードバックしていく、という姿勢です。そのためには情報を開示して、みんなの監視の中でそれを進めること、一口で言えば「多層的な意志決定」を行い続けることが大事だと思ってます。もちろん、NGOと行政との適切な役割分担が大事なことは言うまでもありません。

どうもご静聴ありがとうございました。


2001年6月16日午後、京極町公民館での講演より。(図版提供・武田忠義氏、まとめ・平田剛士)