倶知安風土館講座「オビラメ学」
2011/12/18、2017/09/11
第1回「川とサカナとイトウ」
会場 倶知安風土館
日時 2011年12月18日(日曜)午後3時~
講師 有賀望さん(札幌市豊平川さけ科学館学芸員)
みなさん、こんにちは。きょうは、イトウがすむこの尻別川や、秋にサケたちが遡ってくる豊平川(札幌市)をはじめとして、北海道のこの美しい川の風景の中で、川にすむ魚たち、とりわけサケの仲間たちが果たしている役割の大切さについて、お伝えしたいと思います。
川にすむ魚たち
はじめに、いま北海道の川で見られる魚たちをいくつか、写真でご紹介していきましょう。
これ、ニジマスです。名前からすると、日本在来の種類だと思われがちですが、実は北アメリカ大陸から持ち込まれた外来種です。初めて日本に持ち込まれたのは1800年代で、もう200年ほども経っています。特に北海道の川では、以前から自然繁殖が確認されていて、すっかり定着してしまった感があります。
こちらはブラウントラウト。やはり外来種です。体に赤い小さな斑点がたくさん散らばっているのが特徴です。オショロコマにも赤い斑点がありますが、ブラウントラウトはアブラビレまで赤いので、見分けが付きます。魚食性が非常に強くて、在来生態系に及ぼす悪影響が大きいとされ、北海道では法律で放流が禁じられている魚です。
ちなみに北海道が放流を禁止している魚には他にカムルチーとカワマスがいます。また国の法律で>オオクチバス、コクチバス、ブルーギルの放流が禁じられています。
これはアユです。サケと同様、海と川を行き来して暮らす魚ですけれど、川にいる時間はアユのほうが長く、夏の間ずっと川にいて大きく育ちます。川底の石に生えるコケを食べて育つのですが、なわばり意識がとても強くて、お気に入りの石の近くに侵入者があると、体当たりで追い払おうとします。この習性を利用しているのが友釣り。なわばり内にオトリを送り込んで、体当たりしてきたアユを釣り針で絡め取ってしまいます。
ウグイの仲間は、道内ではウグイ、エゾウグイ、マルタウグイの3種類が知られています。互いに似た姿をしているのでプロでも見分けにくいのですが、繁殖期になると、体にそれぞれ違ったパターンの婚姻色が浮かび上がるので、区別できるようになります。ウグイたちの中でも、エゾウグイは淡水域だけで成熟します。
これは何だか分かります? スナヤツメです。スナヤツメも一生を淡水域で過ごします。成体と幼体は姿が違って、幼生には目がありません。流れの緩やかなところで川底の泥の中に潜り、有機物を食べて過ごしています。道内では他に、カワヤツメ、ミツバヤツメ、シベリアヤツメも生息しています。
ハナカジカは、川の上流部で見られる魚です。石がごろごろした渓流で、石と石の間の隙間に隠れすんでいます。魚食性が強くて、この大きな口で他の魚を捕らえます。他の魚が川底に産みつけた卵もよく食べます。
川の生き物同士の連関
上流から下流域、さらに河口から海まで、環境に応じて、川にはいろいろな種類の魚たちが暮らしていることがお分かりいただけたと思います。
川の生物は互いに深い関係を結んでいます。その一つが、「食物連鎖」です。河畔林から供給される落ち葉などの有機物を、水生昆虫たちはせっせと食べて分解します。その水生昆虫は、肉食昆虫や魚にとっての重要な餌資源です。ヤマベなどは水生昆虫だけでなく、陸域からの落下昆虫もよく食べます。小型の魚類は肉食魚に捕食され、イトウなどの大型魚類が、さらにそれを食べます。
と同時に、森と川と海の物質循環を、生物たちが担っています。重力に従って、川の水は山から海への一方通行です。河畔林の落ち葉を「山からの養分」だとすると、水生昆虫がそれを分解し、その昆虫が魚に食べられ――、という食物連鎖によって形態を変化させつつ、最終的には海に運ばれていきます。でもこちらは一方通行のみではありません。川を遡るサケが、栄養を上流に届けてくれるからです。川で生まれるサケ稚魚は、体長5cm、体重1gほどの小さな体で海に出ます。それがおおむね4年後に川に戻ってくる時は、3~4kgと、海の栄養をたっぷり蓄えて数千倍の大きさになっています。
サケは、故郷の川で一生に一度きりの産卵を終えると死にます。サケの死がいはホッチャレと呼ばれます。ホッチャレはヒグマやキタキツネ、ワシやカラスたちの重要な餌になりますし、動物や鳥の食べ残しは、ハエなどの昆虫がきれいに分解します。動物たちが森でフンをすると、養分が森に行き渡ります。サケが多くのぼる川では、河畔の木々を調べると、はっきりと海由来の栄養素が確認できます。川が森と海をつなぎ、栄養物質がこうして循環しているのです。
アンブレラ(傘)種とは?
食物連鎖の関係は、こんなふうにピラミッドの絵で説明されることがあります。ピラミッドの上位に位置する生物(捕食者)は、しっかりした土台=たくさんの餌生物に支えられて初めて、生きていけるのです。ピラミッドの頂点に位置しているのが、例えばイトウです。イトウを保護しようと思ったら、単にイトウだけに目を向けていてもうまくいきません。イトウを支えている生物たちをひっくるめて、全体を保護する必要があるからです。逆に言うと、もしイトウ保護がうまくいったら、それはイトウを含む生態系全体が守られている証明です。イトウ保護が、ほかの生物群集全体を守ることにつながるので、そんな種を傘にたとえて、「アンブレラ種」と呼ぶのです。
食物連鎖や物質循環のほかにも、生物種どうしの複雑な関係性が生態系をつくっています。尻別川の水辺の生態系を考えてみましょう。川のそばの森にはコウモリやキタキツネがすみ、ハルニレが生い茂っています。これらの種と、川のイトウの間には、いっけん直接的な関係は何もないように思えます。でも本当にそうでしょうか。ちょっと実験してみましょう。
カードを用意してきました。水・水生昆虫・ウグイ・コウモリ・キツネ・サケ・アユ・落ち葉・ハルニレ・イトウ・サクラマス……と名前が書いてあります。一枚ずつ、選んで、首から提げたら、輪になって並んでください。そうしたら今度は、この一本のヒモを握って下さい。ヒモはジグザグに渡します。直接つながった同士は、「食う・食われる」などの直接的な関係がある、ということにします。
ではみなさん、目を閉じて下さい。これから「イトウ」さん、「水」さん、「ハルニレ」さんに異変が起きることにします。3人の方は、ヒモを強く引いて下さい! 引きを感じた方は手を挙げてください。みなさん、目を開けてみてください。全員が手を挙げていますね。3人と直接つながってなかった人も、ヒモが引かれるのを感じました。
これは私がアメリカで環境教育の視察をしたときに見た、「Web of life」という子ども向けのハンズオンゲームです。いっけん無関係に見える者同士でも、生態系の中で確かにつながりあい、バランスをとりながら共に生きている、ということをうまく教えてくれます。
川の魚を観察するときの心得
この「オビラメ学」連続講座を受講されたみなさんの中には来春、尻別川の繁殖河川で、イトウの自然産卵のようすを観察される方もおられると思います。私は、札幌市豊平川さけ科学館の学芸員として、豊平川などでの市民や小学生向けのサケ観察会開催しているので、その経験から、いくつかコツや注意事項をお伝えしましょう。
観察に適しているのは、午前中で、太陽が真上から差し込んでいるタイミングです。魚を見るというと、つい岸に近づきたくなりますが、実は低い位置ではよく見えません。橋の上など、高いところから見下ろすのがベストです。そのさい、偏光サングラスを使うと水面の反射が抑えられて見やすいですし、顔に直射日光が当たらないように、つばの広い帽子をかぶることをお勧めします。
魚が見えているということは、魚からも人間が見えている、ということですから、近づきすぎないことが大事です。太陽を背にして自分の影を水面に映したり、そわそわ動き回ると、魚はとても気にします。服装も、派手な色は避けたほうがいいでしょう。魚たちは卵を産むためにここに来ているんだ、ということを肝に銘じておけば、相手を驚かすこともないと思います。どうぞイトウのことをそっと見守ってあげて下さい。
私のお話はここまでです。ご質問をどうぞ。
――イトウを守ることには、どういう意義があるんでしょう?
現状、個体数が十分に多い種については、人間がとくにがんばって守ろうとしなくても、絶滅の心配はないと思います。でも尻別川のイトウは、とても数が少なくなってしまっています。いったん絶滅させてしまったら、「イトウがいる尻別川の生態系」は消えてしまいます。イトウのすんでいる川は、道内全体を見てもとても少なくなっています。これ以上絶滅させずにぜひ残して欲しいと思います。
――さきほどの生態系のゲームに参加して気づいたのは、僕は「落ち葉」だったんですけど、とても強く引っぱられて、もしかすると生態系のバランスが崩れたら、人にもインパクトがあるかも知れない、ということです。自然の変化に対して、もう少し謙虚に向き合うことが必要じゃないかと思いました。
――産卵期以外の観察方法を教えて下さい。
サケ科の魚は、産卵期以外にはとても観察しづらいんです。サクラマスなんかでも、川にたくさんいるはずなのに、深みに潜ってしまっているせいか、水上からはほとんど姿が見えません。唯一産卵期にだけ、浅瀬にやってくるので、この時期は容易に観察できます。
――サケはなぜ海に下るのですか?
サケの仲間は、もともとは淡水起源だったと考えられています。進化の過程で、サケやサクラマスなどは、稚魚のうちに川を下って海に出る方法を選んだんです。海に出ると、外敵が多いぶん、捕食されてしまう危険も増すのですが、その反面、海のほうが川よりも栄養が豊富で、短い期間に大きく成長することができる、というメリットがある、と考えられています。
――ブラウントラウトの拡大の現状を教えて下さい。
私たちが調査をしている豊平川では、中・上流域でよく見られます。稚魚も見つかっているので、どこかで自然繁殖していることは間違いないでしょう。とはいうものの、豊平川では「ブラウントラウトが多すぎる」というほどの印象は持っていません。私たちの豊平川さけ科学館は1984年に開設されましたが、以来この30年足らずの間で明らかに増えているのは、サクラマスです。
2011年12月18日、倶知安風土館にて。
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