イトウ保護活動報告会「みんなで守った! 尻別イトウ」

2011/6/26、2017/09/12

パネルディスカッション「みんなで守った! 尻別イトウ」

コーディネーター 長谷川雅広さん(オフィスマルマ)
パネリスト 川村洋司さん(北海道立総合研究機構、オビラメの会)/宮崎守さん(倶知安「百年の森」森番)/沼田雄一さん(オビラメの会)

長谷川さん

「オビラメの会」のみなさんは、尻別川のイトウを「この地域の宝物」だというふうにおっしゃっていますが、改めてその貴重性について、川村さん、お話しください。


川村さん

世界中のどの生息地でも、イトウ属の魚類はとても希少で、絶滅が心配されています。北海道のイトウも例外ではありません。中でも尻別川のイトウは、生息南限と言うだけでなく、道内のほかの生息水系のイトウに比べて、同じ種ではありますが、明らかに巨大です。他の水系では体長1mを超えるイトウはまれですが、尻別川では楽に1mを超えて大きく成長しているのです。その理由の一つとして、成熟する体サイズが大きいことを指摘できます。たとえば石狩川水系などでは60cmほどになれば繁殖できるようになるのに、尻別川のイトウは90cmくらいにならないと成熟しないのです。こんな独自の特徴=固有性を、尻別のイトウは有しています。


長谷川さん

そんな尻別イトウには、われわれ人間の興味をを引きつける「吸引力」がありますね。この地域で豊かな森づくりに取り組んでおられる宮崎さんの目には、どう映っていますか?


宮崎さん

繁殖行動の様子を映像で見せてもらいましたが、すごいインパクトですね! 私たちの「百年の森」構想では、倶知安の気候風土に根ざした「あたりまえの森」をここに残していこう、という目標を掲げています。これ、大事なことではあるのですが、コトバで「あたりまえの」と言ってしまうと、人によってはだんだん関心が薄れていくキライはあります。それで、地域のみんなで森づくりを進めようというときは、何かインパクトある生き物をシンボルにして活動を盛り上げる、という作戦もあります。イトウはうってつけですし、同じボランティア団体として、こんなシンボルをお持ちの「オビラメの会」さんがうらやましいです(笑)


長谷川さん

ふだん川の魚になんか興味のない人でも、たしかにこの巨大なイトウたちには圧倒されます。産卵行動を見学しに大勢の人がやってきたわけですが、反応はいかがでした?


沼田さん

「ほんとに尻別川にイトウがいたんだ」と口にする人が多かった気がします。新聞やテレビニュースの映像で初めて尻別イトウを見たという人も多く、そんな人たちには「驚いた」というのが一番の感想だったんじゃないでしょうか。現場を訪ねてきて実際にイトウの姿を目にした人たちは、「これは大事に守らなきゃね」と、パトロールしていた僕らを励ましてくれましたが、ニュース映像を見ただけの人は、そこまでの危機感はまだ薄いと思います。


長谷川さん

昨年、約20年ぶりに繁殖遡上が確認され、今シーズンは「オビラメの会」のみなさんが初めて、情報をオープンにして、24時間体制のパトロールでイトウたちを見守りました。従来から一歩踏み出した形の保護対策だったと思いますが、「オビラメの会」の中でもいろんな議論があったんでしょう?


沼田さん

昨年は、はじめ地元の釣り人の方が支流にイトウが遡上しているのを発見して、「オビラメの会」に通報してくれました。予想もしていなかったので、パトロール体制を整えることもできず、公表を控えたのです。その後の調査で、自然繁殖が成功してイトウの稚魚が無事に生まれてきていることが分かり、尻別川流域で唯一のこの繁殖地の保護に、最優先で取り組むことを決めました。その具体的な方法について、何度も議論を重ね、「オビラメの会」だけが取り組むのではなく、できるだけ情報を公開することで、地域ぐるみでイトウを保護する機運を盛り上げていこうと決断しました。それで今年(2011年)2月、ここ倶知安風土館の公開講座で、イトウ遡上の事実をみなさんにお伝えしたのです。その時、参加された皆さんの中からは、「情報公開は時期尚早だ」という声も上がりました。一番の懸念は、遡上中のイトウたちがだれかに捕獲されてしまうことでした。法的には「イトウを捕ったらダメ」とは言えないのです。でも「じゃあ、放ったままでイトウが守れるか」と言えば、それも難しい。「オビラメの会」が公表を控えても、すでにイトウ遡上の情報は一般の釣り人さんたちに知られていましたし、この繁殖地自体、国道の橋の上からイトウの姿がよく見える場所です。公表すると同時に、今年は繁殖期間中ずっと、「オビラメの会」のボランティアが24時間の監視体制をとりました。大勢の市民のみなさんにも見学にきてもらい、うまくいったと思います。


長谷川さん

ご苦労もあったでしょうね。


沼田さん

ええ。予想より遡上が早く始まり、最初は監視員の遣り繰りが大変でした。でもイトウを捕まえようという人にはほとんど現れませんでした。3週間の繁殖期間中、イトウが遡上していると知らずに釣り竿を持ってきた人が一人。遡上魚が姿を消したころ、大きなランディングネットを用意したアヤシイ人(笑)が現れましたが、もう川には魚はいませんでした。


長谷川さん

「百年の森」のボランティアさんたちの間でイトウのことは?


宮崎さん

新聞やTVニュースでも紹介されていたので、話題にはなっていましたね。実際に見学に行った人はいなかったみたいですけど。


長谷川さん

実は私も現場に行って、水中撮影を試みたんです。それで気がついたんですが、他の水系のイトウに比べて、尻別イトウはかなり神経質で臆病だな、と感じました。土手の上をクルマが通過しただけで敏感に反応したり。


川村さん

この繁殖河川は、河川改修を受けて完全に護岸されています。岸寄りにイトウの隠れ場所がないせいで神経質になっているのかもしれません。


長谷川さん

ということは、イトウの繁殖環境として条件は決して良いわけではない、ということですか?


川村さん

そうです。かつて蛇行していたのを、河川改修で直線化したために流れの速い川になってしまって、産卵に適した環境(流れが緩く、3cm前後の砂利が堆積しているような浅瀬)はほとんんどないんです。再度元に戻すのは簡単ではないでしょう。


長谷川さん

繁殖が確認されたとはいえ、状況は楽観できないということですね。今後は、川の環境復元といった生態学的な取り組みが必要なんだと思います。そのいっぽう、尻別イトウをこれからどう守っていくか、人間の側のマネジメントも重要です。流域の町村が定める尻別川統一条例にこのほど、「オビラメの会」の要望書に応える形で生物多様性保全条項が盛り込まれました。さらに、イトウ繁殖河川が流れる地元・倶知安町の議会では、独自の保護施策が議論され始めていると伺いました。倶知安風土館の岡崎館長、このことについての話題を提供をいただけますか。


岡崎毅さん(フロアから)

この6月の定例町議会の一般質問で、イトウ保護対策に関連して、3人の議員さんたちが発言されました。全員が「遡上してきたイトウの姿に大きな驚きを感じた」と述べられ、「オビラメの会」さんの保護活動は高く評価されています。そのうえで、町に対して何らかのイトウ保護対策を求める内容でした。「統一条例で追加した条項は抽象的なので、現場を抱える倶知安町は、より具体的な対策を盛り込んだ形で新しい条例を制定してはどうか」という提案もありました。総じて、町議会のイトウ保護への関心は高いと思います。


長谷川さん

それは頼もしいですね。そんな公的な保護対策を充実させるために、市民側からはこれからどんな取り組みが必要でしょう。


川村さん

釣り人と一部の保護グループの人たちを除くと、これまでイトウに関心を寄せる人はほとんどいませんでした。それが今回、繁殖遡上の事実を公表して活動してみたら、町議会で保護のための議論が始まるなど、かなりたくさんの人たちが注目してくれるようになりました。こんなに大きな魚ですから、川で一目見たらどなたでも感動を覚えると思います。尻別川のイトウの置かれている現状をもっと広く伝えていくことが、有効だと思います。



沼田さん

「オビラメの会」は昨年6月、河川管理機関の担当者の人たちと協議の機会を持ち、約20年ぶりにイトウの自然繁殖が確認されたこと、尻別川のイトウ保護にとって非常に重要な意味を持つことなどを伝えました。機関の側も理解してくれ、当面は繁殖河川での工事を控え、現状維持を図ると決めてくれました。また現状の川の状態がイトウの繁殖環境として必ずしも好条件ではないので、もし今後の研究で復元・修復のよい方法が見つかったら、改めて協議して、できるだけ協力したいと言ってくれています。「オビラメの会」はこれまで、倶登山川(尻別川支流)でイトウ再導入を試みていますが、そこでは5基の落差工に今年春までに魚道が完成しました。同じやり方で別の支流にもイトウ繁殖地を再生できたら、尻別イトウの復元につながっていくと思います。


長谷川さん

イトウは尻別川の水域生態系の中で最上位にいる生物であり、尻別川の豊かな自然環境を代表する象徴種です。保全対策として、繁殖河川の保護だけで十分でしょうか?


川村さん

イトウは体が大きく、健康な状態で生涯を暮らすには、尻別川流域全体に生息環境がそろっている必要があります。繁殖環境だけでなく、たとえばイトウの稚魚たちが安全に身を隠せるような浅くて流れが緩くて水面がカバーされているような場所も大事です。ところがそういったデコボコしたような場所は、河川改修工事などによって真っ先になくなってしまう環境なんです。流域全体のあちこちに、そんな多様な環境を復活させていくことが大事だと思います。


沼田さん

ただ、それにはものすごいエネルギーが必要です。「オビラメの会」は再導入に先だち、どこに放流したらイトウたちが元気に生きていけるか、繁殖や稚魚の成育に適した環境を見つけようと流域をあちこち探し歩きましたが、本当に大変な作業です。陸域の土地利用などにまで目を届かせるとなったら、「オビラメの会」1グループだけではとうていムリじゃないでしょうか。


長谷川さん

イトウに関心を寄せる人はこれまで釣り人さんが中心だったと思いますが、今後は森づくりのファンの人たちとも一緒に、というのはどうです?


宮崎さん

いいアイディアです。「百年の森」の中には湧き水があって、その水は近くの砂利川を通って、尻別川本流に注ぎ込んでいます。つまり「百年の森」は尻別川とつながっています。また私たちは、この森の健康状態を測るのにコウモリを指標生物としているのですが、彼らにとって森はねぐら、尻別川は採餌場所なんです。イトウを守ることが尻別川を守ることにつながり、それによって「百年の森」に生息するコウモリたちも守られる、そんな連携ができたらと思います。


沼田さん

きょうのパネルディスカッションのような情報交換・意見交換の機会は重要だと思いますし、イトウが自然産卵しているところを実際に見学できる観察会などを通じて、一緒にやっていけたらいいですね。


長谷川さん

「オビラメの会」さんの尽力はすばらしいものですが、一つの団体だけでは限界があるとも思います。協働する相手を見つける一案として、地域の個性的な環境を保全することが地域全体のメリットになるんだ、とアピールしたらどうでしょう。たとえば、地域農業との協働です。本州地方では、「生物多様性米」がよく売れています。低農薬・無農薬・有機栽培の稲作で環境負荷を下げ、そのかわり「プレミアムライス」として少し高い価格で販売するのです。スーパーのお米の2倍くらいの値段かな。利益の一部をイトウの棲む流域環境(生態系)の保全資金に回すとしても、農家さんは収入が増えます。「環境を守ると利益が上がる」という動機付けで、地域の農家さんたちが味方になってくれます。そんなふうに、尻別川流域のいろんなステークホルダー(利害関係者)のみなさんと情報を共有し、協働を進めることで、尻別川のイトウ保全活動は大きく前進すると思います。そろそろ時間となりました。きょうはどうもありがとうございました。


イトウ保護活動報告会「みんなで守った! 尻別イトウ」

【日時】 2011 年6 月26 日(日曜)13 時30 分~15 時30 分
【会場】 倶知安風土館 倶知安町北6 条東7 丁目3 電話0136-22-6631 地図
【主催】 尻別川の未来を考えるオビラメの会
【協力】 倶知安風土館、倶知安町教育委員会
【入場料】 無料(館内展示をご覧になる場合は入館料100 円が必要です)
【申し込み】 不要

 この5月上旬、倶知安町内を流れる尻別川支流において、昨シーズンに引き続き、野生イトウの遡上と自然繁殖行動が確認されました。多くのみなさまに温かく見守っていただいたおかげで、イトウたちは無事に産卵行動を終え、再び尻別川本流に戻っていきました。絶滅危惧種イトウの自然繁殖行動は、世界中でもごく限られた地点でしか観察できませんが、この間、多くの見学者のみなさまが町内外から現地を訪れて、イトウたちが繰り広げる感動的なシーンを目の当たりにされ、保護活動に当たってきた当会のボランティアたちにねぎらいのお言葉をかけてくださったことに、一同たいへん勇気づけられました。数カ月後にはきっと、尻別川個体群の将来を支える稚魚たちの元気な姿が見られることでしょう。
 さて、当会にとっても、このように24 時間体制で野生イトウの自然繁殖行動の観察・保護活動にあたったのは初めてのことでした。のべ120 人におよぶボランティアが監視活動に参加し、最も心配されていた密漁を防ぐことが出来ました。これもひとえに地域のみなさま、メディアのみなさまのご協力と励ましのおかげと、感謝の気持ちで一杯です。
 そこで、この間のイトウ観察・保護活動の成果をぜひ多くのみなさまにご披露したく、報告会を開きます。

【プログラム】
●スライドショー「尻別イトウたちの結婚式」(足立聡氏=写真家、坂田潤一氏=季刊「釣道楽」発行人)

●ビデオ上映「帰ってきた幻のイトウを守れ」(阿部幹雄氏=ジャーナリスト)

●パネル討論「みんなで守った! 尻別イトウ」コーディネーター 長谷川雅広氏

はせがわ まさひろさん
オフィス・マルマ代表。会社勤務、環境系リサーチライターを経て、2001 年、現事務所設立。生物多様性と社会の関わりという視点から、各種の自然環境調査や提案業務などに従事。イトウに魅せられた水中写真家のひとりでもある。近年は、民間事業者や市民活動における、生物多様性保全参画のプロデューサー、アドバイザーとしても活躍。屋号のマルマは、愛してやまないイワナの仲間・オショロコマの学名に由来。

 

プレスリリース pdf,127KB