尻別川イトウ繁殖地「見まもり隊」報告会/ぼくら、尻別イトウのレスキュー隊

2018/05/18、2018/06/14

尻別川イトウ繁殖地「見まもり隊」報告会

2018年6月3日(日曜)13時〜15時

倶知安町文化福祉センター

尻別川イトウ繁殖地見まもり隊報告会

主催者挨拶 倶知安町長 西江栄二

町長は本日公務出張中でございます。わたくし倶知安町住民環境課環境対策室長の沼田でございます。代わりにご挨拶をさせていただきます。本日は日曜日にもかかわらず、当報告会にご参加いただき、共催者として篤くお礼申し上げます。合わせて主催者の尻別川の未来を考えるオビラメの会のおかれましては、5月の遡上産卵時期を含め、長年のイトウ保護全活動にご尽力されていることに対し、敬意を表するところでございます。イトウに関しましては、当報告会パンフレットにもありますとおり、いわゆる尻別川統一条例、本町においては倶知安町の河川環境の保全に関する条例の第17条に、希少生物の保護について、特に配慮するもののひとつと規定されているところでございます。この点、行政、なかんずく倶知安町がしっかり取り組んでいるのかと問われるならば、正直、胸を張れる状況にはないと言わざるを得ず、オビラメの会に負うところがとても大きいというのが現状でございます。とは申しましても、今後ともオビラメの会から種々ご提言をいただきながら、行政として出来ることを見いだし、イトウの保全にいっそうつながっていく方策について、協働して取り組んでいけたらと考えているところでございます。簡単ではございますが、私からのご挨拶とさせていただきます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。


パネル討論 どう守る? 尻別川のイトウ

パネリスト
川村洋司(オビラメの会事務局長)
藤原弘昭(オビラメの会理事)
足立聡(水中写真家、オビラメの会幹事)
大石剛司(オビラメの会理事、見まもり隊リーダー)

司会 平田剛士(フリーランス記者、オビラメの会幹事)

司会
 この広大な尻別川流域で、いまイトウの自然繁殖が確認されているのはたった2カ所しかなく、そのいずれもが倶知安町に存在しています。パネリスト席にお座りの4人は、いずれも倶知安町民ではない方たちですが、流域の外からこの尻別川のこと、あるいは尻別川のイトウのことを、どのような思いで見ておられるでしょうか。

藤原
 私は札幌に住んでいます。出身は道北地方の天塩川流域です。中学生だった昭和50年ごろ、イトウ釣りに興味を持ち始めた時から、尻別川は憧れの川でした。当時、釣り雑誌に「尻別川で1m20cmのイトウが釣れた」といった記事がよく載っていて、「大人になったら尻別川に釣りに行って、でっかいイトウを釣ってやる」と夢を膨らませていました。実際に大人になってみると「尻別川のイトウはもう絶滅したんじゃないか」と言われる状況になっていました。あるきっかけでオビラメの会のイトウ保護活動に飛び込びましたが、私にとっての尻別川は依然として憧れの的です。昔と同じ姿に戻るかどうかは分かりませんが、またイトウ釣りが楽しめる状況になればと願っています。倶知安・ニセコ地域は外国人観光客も多く、もしイトウという釣りの対象魚が増えたら、さらにいろんなお客さんを呼べるようになると思います。そうした意味でも、地域に貢献してくれる川だと思います。

足立
 普段はフリーカメラマンとして魚類の生態写真を撮っています。イトウは特に好きな魚で、猿払川・釧路川・朱鞠内湖・天塩川などあちこちで撮影しています。イトウの産卵時期は早春ですが、産卵場所はだいたい山奥で、クマがふつうにいるような場所をしばらく歩いて、ようやくたどりつけるようなところばかりです。この尻別川の場合は例外で、国道に車を停めて降りたらすぐにイトウの産卵行動を観察できる状態です。その魚が120cmと道内でも最大級。私はこれまで200〜300個体のイトウを撮影していますが、1mクラスならいざしらず、120cmクラスは尻別川以外では見たことがありません。しかも尻別川のイトウは、個体差もあるでしょうが、非常に太いスタイルをしています。おそらく遺伝的な形質じゃないかと思います。倶知安町のみなさんは、タイミングさえ合えば、車から降りて3歩も歩けば1m20cmのイトウをすぐ見ることができます。繁殖場所の詳しい情報を宣伝し過ぎると、いろんな人、心ない人も集まってくる可能性がないとは言えないので、オビラメの会は河川名の公表を控えているのですが、倶知安町民のみなさんにはぜひ一度見に来ていただきたいと思います。

大石
 地元に住んでいる人は、かえって地元の素晴らしさにはなかなか気づけないものかも知れません。私が住んでいる横浜市は自然が非常に少ない町です。倶知安のように、近くにこんなきれいな山や川があって、その川にこんなに大きなイトウが泳いでいるというのは、非常にうらやましいと思います。私は2013年にニセコの尻別川に釣りに来ました。45cmのニジマスが釣れたんですが、横浜の近場だったら25cmの魚でも大物です。それに比べたら、ここはすごく大きな魚が釣れます。たまたまその年、オビラメの会のイトウ保護活動のことがヤフーニュースに流れていて、ニセコで事務局長(当時)の吉岡さんに会いに行って、「来年から見まもり隊に参加します」と約束しました。そうやって今年5年目になりました。この大きな魚を絶やすことなく次世代に伝えていきたいと思っています。身体が動く限り、毎年こちらに来て見まもり活動を続けていきたいと思っています。

司会
 オビラメの会には倶知安町在住の会員の方もおられます。井手さん、コメントをいただけますか。

フロア(井手道雄)
 倶知安町にイトウがいることで、何か心が豊かになる気がしています。(奥山に)ヒグマがいるとかシマフクロウがいるとか聞くと、直接的に関わり合いがなくても、その存在によって心が豊かになることがあると思います。それと同じように「尻別川にイトウがいる」という事実は、イトウのことをよく知らないという人にとっても、心を豊かにしてくれる、そういう存在だと思います。これから新幹線が開通すれば今以上に本州や外国からの旅行者が増えると思います。倶知安は雪がすばらしい、ジャガイモがすばらしい、羊蹄の湧き水がすばらしい。さらに「ここにイトウがいる」というだけですごい宣伝効果があると思うし、たとえ釣りに興味がなくても、「あそこにこんなすごい魚がいるんだよ」というだけで、価値があります。いま尻別川のイトウ繁殖地が倶知安にだけ残されているのは偶然に偶然が重なった結果です。50年後100年後を考えて、これを大事にしていくべきだと思います。

司会
 川村さんは先ほどいくつか課題も挙げてくださいました。改めて簡単に説明ください。

川村
 見まもり活動で8年間、1mを越すイトウたちの遡上をきちっと守ることができました。われわれも見まもり活動をしながら楽しい思いを味わうことができましたし、よかったなあと思っています。ただ、これを未来永劫続けるのは不可能です。いずれかの段階で「あえて見まもり活動をしなくてもイトウ繁殖地が維持される」という体制を作っていかなければなりません。当会の「オビラメ復活30年計画」(2001〜2030年)も残り10年あまりとなりました。当会はイトウ繁殖地を尻別川流域全体に増やしていこうとしていますが、それらの場所でも同じように、あえて保護活動をしなくても環境を維持できる体制を作る必要があります。そのためには、地元の方にも、イトウが地元にとって非常に大切な存在だということを認識していただいて、「住民意志」みたいなもので繁殖環境を維持する体制づくりを進めていかなければならないと思います。とはいえ、これはかなり大変なことです。住民のみなさんの多くは、自然の中でいろんな仕事をされています。たとえば、場合によっては、イトウ繁殖地の保護を優先して農業活動に影響のあるようなこともあえてしなければならないことも起こるかも知れません。それをどうやって乗り越えていくか。いろんな話をしながら進めていくしかなく、そういう機会を増やして、意思疎通をしていきたいと考えています。

司会
 見まもり活動の間、現地に見学に来られる人たちの雰囲気や、イトウに対するまなざしを、どんなふうにお感じになりましたか。

大石
 私が接した範囲では、釣り人以外は、温かい目で見守ってくれていたと思います。私が滞在中、2組の釣り人が来られました。川にイトウがきていることを知らない様子で、「せっかく来たんだから」と言って実際に竿を出していった人もいました。でも大半の釣り人は、「イトウが産卵しているので釣りは控えてください」と説明すると、「じゃあ別の川に行きます」と理解してくれます。釣り人に対して、イトウが来ていることをもう少し情報発信していきたいと思っています。

司会
 イトウ釣りが好きな人の間では近年、繁殖期に繁殖場所では釣らないようにしようという風潮があるのではないでしょうか。

藤原
 生息河川によって差はありますが、イトウの産卵期はだいたい4月から5月中旬にかけてです。イトウ狙いの釣り人の間では最近、「繁殖期の釣りは控えよう」という暗黙のルールが浸透しつつあるようです。イトウ釣り場として有名な猿払川(猿払村)にそのように呼びかける看板が立ち、地元グループが熱心に啓発してきたので、その効果だと思います。ただ、イトウ繁殖期はちょうどゴールデンウィークと重なりますので、産卵遡上の大型イトウを狙う釣り人を何度か見たことはあります。でも非常に少ないと思います。

司会
 みなさんのお手元に、南富良野町イトウ保護条例(抜粋)を資料としてお配りしています。会場に南富良野町からお越しの浪坂さんがおられます。概要をお話しいただけるでしょうか。

フロア(浪坂洋一)
 浪坂です。南富良野町から来ました。オビラメの会の会員でもあります。南富良野は石狩川水系空知川の源流部に位置する町です。金山人造湖(かなやま湖)から上流域にイトウが生息しており、金山ダムから上流には遡上障害となる人工物がないため、産卵に適した環境が残っています。いま前方に座っておられる川村さんを中心に道立水産孵化場(現・道立総合研究機構)によるイトウ調査が昭和50年代から続けられてきた場所で、その蓄積が野生イトウの生態解明につながったと思います。南富良野町は平成6年(1994年)、全国で初めてイトウを対象とする区画漁業権をかなやま湖に設定しました。当時は、産卵期の大型イトウを狙って釣りに来る人が多数いました。「なるべく釣らないで」とお願いしても……。産卵期のオスは目立つし、意外に簡単に釣れてしまいます。そのせいで明らかに親魚数・産卵床数が減少してきたので、平成11年(1999年)、北海道内水面漁場管理委員会に「繁殖河川を含むエリア内での5月1日〜31日のイトウ採捕禁止」という指示を出してもらいました。10年継続した結果、産卵期のイトウ狙いの釣り人はほとんどいなくなり、産卵床は増えてきました。とはいえ、委員会指示が解除されたら、途端にまた釣り人が急増するかもしれません。そこで委員会指示が解除されるのを機に平成21年(2009年)、新たに町条例を設けることにしたのです。以来10年、産卵期のイトウ釣りはほとんどなくなり、年によって自然災害などの影響で数字が低いこともありますが、産卵床数はおおむね増加傾向にあります。漁場管理委員会の指示に強制力(違反者への罰則)があったのに比べ、町条例では「釣り禁止」と打ち出すことはできません。あくまで「釣り自粛のお願い」なんですね。その点はちょっと弱いかもしれませんが、たとえばオビラメの会が見まもり活動で釣りに来た人に「釣らないでください」とお願いする時、こうした条例があればずいぶんやりやすくなると思います。南富良野のこの条例を参考に、倶知安町でもイトウ保護管理条例を作ることは可能だと思います。

川村
 倶知安町内のイトウ繁殖河川は2カ所しかなく、このうち1カ所のイトウ再生産区間は合わせて500mくらいしかありません。(1水系全体をすっぽりカバーする南富良野町イトウ保護管理条例と)同じような条例をここで設けるのは難しいかな、とも思います。でも逆に考えると、この非常に狭い区間さえ保護できれば目的を果たせるので、条例制定に対する釣り人側からの抵抗は少ないと思います。先ほども触れましたが、倶知安町の繁殖河川は周囲が全部農地です。農業活動とイトウ条例がうまくかみ合うかどうか……。そういった問題を解決できれば、条例化によって「産卵期にこの区間ではイトウを捕らないで」ということはできますし、有効な手段だと思います。

フロア
 初めてオビラメの会の集まりに参加しました。倶知安生まれ、倶知安育ちで、生家は倶登山川のイトウ再導入河川から100mくらい離れたところにありました。「この川には昔はサケが遡上してきていた」と父が話していました。私はイワナ釣りをしました。きれいな川です。以前、旧知の草島会長から「あなたの実家のすぐそばにイトウを放流したから釣らないようにしてくれ」と話を聞いていましたが、それが大きくなって産卵に戻ってきていると聞いて、きょう参加してみようと思いました。両親は、私が生まれてすぐのころ、私の生家から町の方へ引っ越したのですが、それはクマがたびたび出没する地域だったからだそうです。そういう思い出のあるところでイトウが繁殖を再開していることが、とても喜ばしく、うれしいことだと思っています。ぜひとも応援させていただきたいと思います。

川村
 本当にうれしいお言葉をいただきました。とにかく地元の方にどんどん活動に参加してもらって、応援してもらえたら、非常に力になります。ぜひみなさん、一人でも多くの方が賛同して、バックアップしていただければと心からお願いします。ありがとうございます。

フロア(井手)
 イトウ釣りのマナーって、法律では決まっていないんですが、暗黙の了解というのがあると思います。たいがいの釣り人はリリースするのを前提に、シングルフックを使っているようです。ただリリースの仕方にはまだ問題があると思っています。魚体を水面から持ち上げず、できるだけ生存率を高めるとか……。そういうリリースマナーをいろんな機会に発信して、釣り人の間に定着させていけば、この会が活動を終えた時にもイトウを残せるのではないかと思います。それからもう一ついいですか? 再導入河川の倶登山川でイトウの自然繁殖が再開したのは、途中にある5基の落差工に魚道がついたことが大きかったと思います。横断工作物のせいでイトウ繁殖が途絶えてしまった支流は他にも多いわけですが、行政に対策の動きはあるんでしょうか。

藤原
 天塩川のことを少し調べたことがあります。天塩川水系ではいま、国交省が下川町のサンル川にダムを建設していますが、それに合わせて北海道開発局が天塩川の支流を全部調査して、落差工の位置と魚類遡上の可否をチェックしています。サンルダムを造る代わりに、といってはなんですが、サクラマス資源を減らさない、あるいは増やすために、サクラマスの遡上を妨げている落差工を対象に、国交省が魚道整備を進めていて、この10年ほどで、けっこう魚道が増えてきました。ただチェック漏れもあるようで、天塩川水系で僕が毎年見ているイトウ繁殖河川の落差工は未改修です。きっかけはどうあれ、地域の人が要望して初めて行政は動きます。きょう倶知安町役場の方が途中で退出されたのがちょっと残念なんですが、この尻別川の流域の自治体の方が本気を出してほしいなあ、と願っています。きょうNHKの記者さんもお見えですが、ぜひ自治体にハッパを掛けるような報道をしていただければありがたいと思います。

司会
 そろそろお時間となりました。最後に一言ずつお願いします。

大石
 来年もまた、見まもり隊に参加します。みなさんと川でお会いできるのを楽しみにしております。

足立
 大石さんみたいにびっちりいませんけど、ちょくちょく来ています。声をかけてくだされば案内もいたします。ぜひ来年、産卵河川に来てください。

藤原
 きょうはどうもありがとうございました。今後ともできる限りがんばっていきたいと思います。みなさん、どうぞよろしくお願いします。

川村
 今日は本当にみなさん、ありがとうございました。予想以上、といっては申し訳ないんですけど、小学校の運動会と重なってしまって、町民の方はほとんど参加いただけないんじゃないかと思っていたので、予想以上にたくさん来ていただいて、ほんとうにありがとうございました。こういう機会をどんどん増やしながら、こちらからも情報発信をしていきたいと思います。尻別川には非常に巨大なイトウがいて、これはもう誇るべき存在です。このことをぜひ他の方にも発信していただいて、イトウを未来永劫残せるような状況をみなさんととともに作っていきたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いします。今日はどうもありがとうございました。

(敬称略)


尻別川イトウ繁殖地「見まもり隊」報告会/ぼくら、尻別イトウのレスキュー隊

日時 2018年6月3日(日曜)13時〜15時

会場 倶知安町文化福祉センター 倶知安町南3条東4丁目

入場料 無料 どなたでもご自由にご参加ください。申し込み不要です。

主催 尻別川の未来を考えるオビラメの会

共催 倶知安町

後援 後志地域生物多様性協議会


尻別川は、絶滅危惧種イトウ(サケ科イトウ属、Salmonidae Parahucho perryi)の生息南限です。その「南限のイトウ」=尻別川イトウ個体群(地方名オビラメ)を保全するために、当会は1996年に活動を開始しました。研究機関や地元自治体など関係機関と緊密な連携を図りながら、2001年から国際自然保護連合の指針に基づいて「再導入/補充」と呼ばれる手法を採用。ダムによる通行阻害など、絶滅要因の除去を図ると同時に、尻別川固有の遺伝子を引き継ぐイトウを飼育し、人工採卵/孵化で得た稚魚を再導入して、いったん途絶えた自然繁殖の再開を目指しています。最初の実験河川に選んだ尻別川支流倶登山川(倶知安町)では、2012年に世界で初めて放流イトウの再回帰が確認され、尻別川個体群の復元に向けて道筋を示すことができました。また同町内の別の支流で2010年に再発見された自然繁殖地において翌年以降、24時間体制の「見まもり隊」活動をスタート。2018年まで8季連続で完全保護を達成しました。