イトウがのぼりおりできる魚道
2004/12/11, 2021/12/30
岩瀬晴夫さん 北海道技術コンサルタント
いわせ はるお 1950年、北海道留辺蘂町生まれ。(株)北海道技術コンサルタント川づくり計画室室長、応用生態工学会会員、オビラメの会会員。
落差工って何のためにあるの?
みなさん、こんにちは。岩瀬です。ぼくはこれまで約20年間、落差工(堰堤)や魚道を見てきましたけれど、きょうは、ほかの技術者たちとはちょっと違うぼくなりの視点でお話してみたいと思います。
そもそも落差工(河川管理施設構造の正式名称は床止め)を何のために造るのか。3つの目的があるといわれています。1番目が「河床勾配を緩和する」、2番目が「乱流を防止して流向を定める」、3番目が「河床洗掘の防止」です。
河川管理施設等構造令
(魚道)
第35条の2 床止めを設ける場合において、魚類の遡上等を妨げないようにするため必要があるときは、国土交通省令で定めるところにより、魚道を設けるものとする。
生物の移動を妨げない、なんていうことは眼中になかったのですが、平成9年(1997年)に「河川管理施設等構造令」が改正されて、その第35条2項で初めて魚道の設置が義務づけられました。ただし、義務づけたのはこれから造る落差工についてであって、すでに造った構造物に魚道をつけよ、というものではありません。だから平成9年以前の落差工は「そのまま」が原則です。
注 なぜそのままでかまわないか?
既存の施設のうち改定構造令に適合しない施設を適合させようとすると、それには莫大な事業費を必要とし、現実的でないことが理由の一つです。二つ目は、河川特有の法解釈です。それは、河川は自然公物であり段階的にその安全度を高めていくべきもので、安全度の目標を定めたからといって改定のたびに目標を達成しなければならないということではない、という考えがあるからです。このような観点で河川法律関係文を解釈しているのが立法・司法・行政の三者統一見解のようです。
魚道の三大発想
そんなふうに、魚道は近年ようやく設置が義務づけられてきたのですが、どうも魚道をつくる場合、三大発想(三大前提)とでもいえる考えが、魚道関係者(行政・調査・研究・計画・設計)にあるように思います。
まずは治水優先だということ。緊急性の観点から、魚道は後回しになりがちです。耐久性が重視され、つまり洪水時にも壊れないように、頑丈なコンクリートが多用されがちです。また法律を見ても、魚道は流下断面の外側に造るように、と書かれています。洪水時の流下に対して、魚道は阻害物となる可能性がある、という認識なのです。
2番目は、サケ、マス、アユ(一部地域ではウナギ)といった有用魚種が上るのが大事、という発想が強くあります。魚道は最近まで、漁業者への補償施設として設置される場合が非常に多く、その歴史の「遺産」というわけです。多自然型川づくりの通達前までは、雑魚は上ろうが上るまいが、雑魚に着目する視点はなかったといっていいでしょう。
三大発想(三大前提)の最後は「ジャンプの発想」です。ぼくはこれが一番気になって、ずっと疑問でした。魚は魚道をジャンプしてのぼる。だから落差の前にはジャンプのためのプールが必要だ。そのプールには土砂が貯まらない構造にしなければダメ……これ、ホントでしょうか?
ぼくは、この魚道の三大発想を何とか変えていこうと思っているんです。
理想の魚道は「泳ぎ上がり」
ひとくちに魚道といっても、いろいろあります。歴史を追ってみると、デニール式(1905年)、バーチカルスロット式(1937年)ときて、道内で跋扈しているのはアイスハーバー式(1961年)です。
90年代に出てきた多自然型川づくりの方向の中でもアイスハーバー式が推奨されていますが、実はこれ、そんなに“近自然”っぽいものではありません。この時期、岐阜で国際魚道会議が開かれています。その議事録を読んでも、前述の三大発想からは抜け出せていない、という印象をぼくは受けています。構造物は構造物の専門家、魚類や生物はまたその専門家が研究していて、いわばパーツごとに勉強しているわけです。そして、コンサルタントはそれらのパーツの知見を組合せて川で実践しようとします。でも、この「パーツ良いとこ取り」のやり方は、実はダメなんじゃないかと思うようになりました。
じゃあ、ぼくが考える理想の魚道とはどういうものかと言いますと、それは「泳ぎ上がり」を基本とする魚道です。
サケやアユがジャンプして堰や段差を越える映像は、確かに見栄えするんですが、魚にとってはどうか。垂直の段差をぴょんぴょん跳ねて上るより、斜めの坂を流れる水中をクネクネ泳ぎながら上る状態のほうがはるかに楽ではないでしょうか。
水野信彦氏・中村俊六氏・和田吉弘氏といった方々が、日本における魚道の権威御三家といわれているようです。その権威の一人、和田氏は、自著で「空気中を跳びはねての遡上は不自然」と書いています(『人と魚の知恵くらべ』岐阜新聞社、2000年、P168)。アユに関する文脈です。
ぼくはサケ・マスの遡上観察から「泳ぎ上がり」を確信していました。ただアユだけは、四国・九州・本州といろいろ見てきて、ピョンピョン跳ね上るところしか見ていないので、確信が持てなかったのです。でも昨年(2003年)8月26日に開かれた「魚道セミナー in 北海道」でその和田氏が、アユの泳ぎ上がりの映像をビデオ紹介してくれたので、アユについても「泳ぎ上がりが自然なのだ」と確信がもてました。
このことをデータで示してくれたのが、眞山紘さん(さけ・ます資源管理センター調査研究課長)のリポート(右下のコラム参照)です。泳ぎ上がりとジャンプと、どちらが落差を越える成功率が高いかを比べた実験で、ある程度の流量さえあれば泳ぎ上がりのほうが有利だと、はっきり示されています。
参考文献
和田吉弘『木曾三川の伝統漁―人と魚の知恵くらべ』(1995年、リバーフロント整備センター)
眞山紘「さけ・ます類の河川遡上生態と魚道」(『さけ・ます資源管理センターニュース
No. 13 2004年9月』収録)
ぼく自身も同じような経験があります。20年ほど前、苫小牧の川で漁協の要請で堰堤に魚道を造ったのですが、約60cmの段差を丸みをもたせた(専門用語でナップ形状という)凸面の坂にして、水の流れがその上をなめるような構造にしてくれ、と言われました。当時のぼくは構造物屋で、魚の生態は知りませんでしたので、「教科書と違いますけど」と言ったのですが、とにかくこのやり方で、と言われて造ったところ、確かに魚は上りました。ジャンプしている魚はいません。
でも一般的には、魚は魚道をジャンプして上るもので、だからプールが必要なんだ、という考え方が主流です。でもこれはおかしい、とぼくは思っています。「泳ぎ上がり」が良い、と確信しています。
「泳ぎ上がり」を当たり前の現象とみている人もいますが、発言はしないのが普通です。ジャンプ+プール構造があまりにも普及しているので、「魚道ってそういう構造なのだろう」と納得してしまっているからなのでしょうか。でも「泳ぎ上がり」or「飛び上がり」の違いは、魚道を設計する者にとっては、構造条件の根本に関わる重大事なのです。もっとも私の観察不足かもしれませんので(笑)、魚道関係者のみなさんにもぜひ自分の眼で観察して判断してもらいたいと願っています。
イトウの上り下りできる魚道とは?
道内で主流の魚道はアイスハーバー式ですが、とにかく流木とか石とかが隙間によく詰まります。水量が少ないと、魚が通れなくなります。
でも泳ぎ上がり式は違います。ジャンプがいらなければプールがいらない、プールがいらなければ水をためるための壁がいらない、壁がいらなければごみも詰まらない。泳ぎ上がり式はメンテナンスフリーに限りなく近い構造といえます。
いま、ぼくが責任者になって、仲間と余市町のフゴッペ川で斜路魚道の実験をやっています。(サケ科などに比べて遊泳力の弱い)ウグイも通過した事を確認しました。魚道にプールはいらないことと、市民のわれわれでも造れるんだということを証明したいと思って、ささやかな実験をしています。
さて、イトウの上り下りできる魚道を考えてみましょう。
こんなデータがあります。江戸さんに教えてもらいましたが、70cmの段差なら、春の融雪増水時にイトウは越えることができる。ただし、堰の手前で一休みする、ということです。
また道北の事例では、30cmの隔壁なら越えるけれども、やはりしばらくは段差の手前でウロウロしちゃって、その間に釣られてしまうことがあるそうです。
同じく道北の事例ですが、1メートルの段差のうち、75cm切り下げてみたら、流速2.7mの流れでもイトウは遡上できたそうです。
サクラマスの例ですが、2mの段差を1メートル切り下げたら、3.5m/秒の流れを遡上しています(上の写真B)。けれどイトウはちょっと無理かも知れません。
懸案の倶登山川の落差工の段差は1.6mです。ここに、どんな魚道をつければいいでしょうか。それはこれからみなさんと一緒に考えていくべきことですが、最後にぼくなりの考えを述べておきます。
第1に、落差工の機能は確保しておくこと。もし機能を下げることになれば、落差工の管理者(行政)はOKを出さないでしょう。
第2に、物質移動の流路は確保すること。モノが詰まる魚道ではいけないということです。
第3に「泳ぎ上り」を基本にして、プールありきの魚道は造らないこと。最後に、これもぼくのこだわりですが、現地調達できる資材を使って、自分たちで手作業もやって、常に修正可能なようにして、なるべく安価な方法を選ぶ、ということです。
ぼくの話はこれで終わりです。どうもありがとうございました。
2004年12月11日、ニセコ町民センター(文と写真/平田剛士)