イトウすむ尻別川の生態系を支える河畔林
2007/1/20、2017/10/10
長坂晶子さん 北海道立林業試験場
ながさか あきこ
福島県福島市出身。1995年、北海道大学大学院農学研究科博士後期課程を中退し、北海道立林業試験場研究職員に。現在の所属は同試験場森林情報室資源解析科。
「河畔林」って?
みなさん、こんにちは。これまで私は、森林とその中を流れる川との関係、特に陸域と水域の生態系の関係性を調べてきたのですが、川の自然再生に向けて取り組むときには「流域全体を見渡す観点」と「物質循環」に注目して進めることが重要ではないか、と考えるようになりました。これからお話しする内容が、尻別川でイトウ再生を目指しておられるみなさんにも何かインスピレーションを与えられたら、と思っています。
まずは基本的な言葉の確認からいきましょうか。「流域」っていう言葉、すでに私も使いましたが、定義をごぞんじですか? 一般には、流路に排水している集水域を「流域」と呼んでいます。川は普通、いくつもの枝沢が集まって支流になり、支流が流れ込んで本流になる、そういう「入れ子」構造になっていて、各「入れ子」で区切って説明することもあります。「水流次数」と言うのですが、シュトレーラーという人の決めたルールでは、一番上流の枝沢を次数1、次数1同士の川が合流した支流が次数2、次数2同士が合流したら次数3、というふうに上から順番に次数が増えていきます。次数区分を使うと、たとえば「産卵期のイトウはn次の流域を使う」というふうに説明できるようになって、便利な場合があります。流域はまた、上流から下流に向かって、山間の谷だったのが次第に扇状地に、というふうに地形や機能が変化していきます。
次は「河畔林」という言葉。「渓畔林」とも言いますが、「河川と相互に関連しあう区域に成立する森林」のことをこう呼んでいます。具体的にどういうことかというと、洪水によって更新される森林である、ということです。大水が出ると、根こそぎ流されて裸地になる。これが河畔林のスタートです。水が引くと、次第に樹林化していきますが、水際から谷斜面まで、川のそばのさまざまな地形に適合した樹種が現れてきます。北海道だとヤナギ、ハンノキ、ヤチダモ、ハルニレ、オニグルミ、オヒョウといった木々が代表選手で、立地環境によって非常に多様な樹種がすみ分けていることが、河畔林の大きな特徴です。生物多様性に富んだ環境であり、河畔林は常にダイナミックに遷移しています。
河畔林のはたらき
そんな河畔林は、川の生態系をどんなふうに支えているでしょう? まとめたのがこの表です。
1 | 日光遮断 |
2 | 落ち葉などの有機物供給 |
3 | 倒木・流木供給 |
4 | 細粒土砂補足 |
5 | 栄養塩除去 |
6 | 水生生物への生息場提供 |
7 | 陸生生物への生息場提供 |
たとえば1の日光遮断の機能は、冷水性のサケ科魚類たちには特に重要でしょう。サクラマスは水温が摂氏25度以上になると生息できなくなるそうですが(18度で摂餌停滞)、真夏の直射日光による水温上昇を、川面の木陰が防いでくれているのです。
また2の有機物供給機能。道央部ですと、落葉広葉樹は8月から落葉し始め、ピークは10月です。河畔林に囲まれた渓流に、どのくらいの落ち葉が降り積もると思いますか? 調査してみますと、1平方m当たり、乾燥重量にして480gの枯れ葉が供給されていました。葉っぱは5月、6月にも青葉のまま相当量が落ちていて、葉にくっついていたガの幼虫なども一緒に川に落ち、魚の餌になります。そうして最終的には海の生き物たちをも育んでいきます。
この図は、川に供給された落ち葉がどんなふうに分解されていくか、模式的に表したものです。微生物が分解を始め、水生昆虫によってかみ砕かれるなどし、細粒化していきます。
分解するスピードは、樹種によっても違うんですよ。たとえばケヤマハンノキの落ち葉は川の中で真っ先に分解されますし、シラカンバの葉も比較的速い。でもブナ類の葉はなかなか分解されずにいつまでも川底に残っていたりします。このような分解スピードの違いは、落ち葉をエサにしている水生生物にすれば、エサの保険がたくさんあるようなものかも知れません。
こんなふうに細粒化された落ち葉が一番たくさん溜まっているのは、上・中・下流のどこだと思いますか? 答えは源流部なんです。源流部では水量が少ないせいで、落ち葉はそれほど移動せずにその場で分解が進みます。それが春先の融雪増水、あるいは夏の大雨の時などに一気に海に向けて流出していきます。この意味で、川の源流部は有機物のシンク(貯留庫)であると同時に、海にとってのソース(栄養供給源)でもあると言えます。
河畔林と水生昆虫と魚たちの関係
フライフィッシングをなさる方はお詳しいと思いますが、水生昆虫にもいろいろなタイプがいます。採餌方法の違いだけみても「破砕食者」「濾過食者」「堆積物収集者」「剥ぎ取り者(さらにスクレーパーとブラウザー)」「肉食捕食者」「寄生者」と分けることが出来ます。
利用している資源も、落ち葉そのもの、藻類、分解された細粒物などと、それぞれ違います。そうした資源が流域のどこに多く集まるかを知っておくことは重要です。源流なら落ち葉、中流なら藻類、細粒物は下流という具合ですが、連続体としての河川も、場所によって特性が違うわけです。河川の自然再生を図るなら、そこがどんな特性の場所なのかよく調べて、それに合わせた計画を立てるべきだと思います。
たとえば源流域では、北海道立水産孵化場の下田和孝さんによるこんな研究結果があります。秋、サクラマス幼魚(ヤマメ)の捕食物を調べてみると、7割がヨコエビに占められていました。そのヨコエビは、粗く分解された落ち葉を食べて生きる水生生物です。いっぽう春、サクラマスの食べ物の5割はある種のガの幼虫でした。この幼虫は全て、空中の枝から川に落下してきたものです。つまり季節を問わず、サクラマスたちはエサの5割から7割を河畔林に頼って生きているというわけですが、こうした生態系での河畔林の果たす役割は相当重要だといえます。
ホッチャレは川と森を豊かにする
さて、今度は反対に、川の生き物も陸域生態系を支えているんだというお話をしましょう。
晩秋、川の上流に海から「巨大な有機物の塊」が泳いでやってきます。そう、サケです。サケの親魚は繁殖行動を終えると力尽きて死んでしまいます。その遺体を「ホッチャレ」と呼びますが、水生昆虫やバクテリア、ワシやカモメ、カラスなどの野鳥、キツネやクマたちにすれば、これは大きなお肉の塊です。ホッチャレが川のみならず、河畔林を含む陸上の生態系にもプラスの効果を与えていることが、最近の調査で分かってきました。
どんなふうに調べるのかというと、窒素15という「安定同位体元素」を用いるんです。自然界の窒素分の中に含まれている微量成分ですが、海洋系と淡水系(川)で含有率が少し違うんです。だから、植物などに含まれる窒素分を分析して、この窒素15の含有率を調べると、その窒素分が海由来の窒素か、川由来の窒素かが分かるというわけです。
私たちが調べたのは、道南の遊楽部川で、この川には毎年たくさんのサケが回帰してきます。そこで、この川の河畔林のヤナギに含まれる窒素分を分析しました。ホッチャレが多い区間とそうでない区間とで比べてみると、ホッチャレの多い区間では明らかに海由来の窒素が多い、ということが分かりました。
段丘の上に生えているヤナギにどうしてホッチャレの養分がいくのか、というと、これは動物の仕業です。キツネやカラス、ワシなどが川からホッチャレを引き上げてきて林の中で食べる、その食べ残しが分解されて土壌からヤナギへ移るんです。
これはユーラップ川だけの現象ではなく、アメリカ、カナダ、ロシアなど北太平洋沿岸部一帯で同様の調査でも、サケの遡上数が川1km当たり1000匹を超えると、河畔林のヤナギに海由来の窒素分が増えてくる、ということが分かっています。
ただ、特に北海道ではいま、サケは河口でほとんど全部捕獲していますし、河川環境の姿も自然状態から大きく変化してしまっています。それにともなって海→川→森のエネルギー還元の実態がどう変わってしまっているのか、明らかにするのが急務だと思っているところです。
河畔林の再生に向けて
ここ尻別川でも同様かと思いますが、道内のどこでも河畔林の分断と消失が起きています。たとえば天塩川水系の問寒別川の河畔林の変遷を見ると、1947年のデータでは、厚みのある林が流域を囲んでいますが、69年を境に分断・縮小が始まり、河畔林面積は90年代には4分の1に急減しました。
生態系への影響は少なくありません。河畔林が消えれば川の水温は上昇し、倒木・流木の量(体積、本数)も激減します。でも、治水安全度を高め、土地利用を優先して酪農を展開するために河川改修の要請が高まった結果、多くの河畔林が失われています。
山と川をつなぐ経路としての河畔林をこれから再生しようとするなら、土地利用との折り合いを付けていかなければなりません。それはたんに、川岸に植林すればいい、ということではないと思うんです。それよりも私は、河畔林が自然に世代交代できる空間を川のそばに確保することがよほど大事だと思っています。治水のために川の氾濫を抑え込むのではなく、ときおり溢れてまわりの生態系を自然に攪乱するのを許容する川にしていく、ということです。
1 | 日光遮断 | 50m |
2 | 落ち葉などの有機物供給 | 50m |
3 | 倒木・流木供給 | 60m |
4 | 細粒土砂補足 | 90m |
5 | 栄養塩除去 | 50m |
6 | 水生生物への生息場提供 | 100m |
7 | 陸生生物への生息場提供 | 200m |
この表は、さきほど7つ挙げた河畔林の生態学的機能から考えて、川のそばにどれほどの厚みの河畔林があればよいか、というのを示しています。陸域と水域の生態系同士を結ぶ回廊として、両者の相互作用の場として機能させるには、これだけの河畔林が必要だとことです。
最後に3つ、私なりの提言をお伝えしましょう。第1は、総合的な視点を忘れないでください、ということ。木を植えればそれでOK、というわけではありません。
第2は、基本は保護である、ということ。一度壊してしまったのを再生するには時間がかかります。いま手を付けていない河畔林があったらそこは残しておいて、どんな樹種がどんな風に構成されているか調べるなどして、再生計画のお手本にしてください。
第3は、農林水産業との調整が必要だということです。河畔林の保全は第1次産業と対立することではなく、むしろ付加価値として認められるような仕組み作りが大事ではないでしょうか。
これで私のお話は終わりです。ありがとうございました。
質疑応答
河畔林の再生には時間がかかるとのことですが、どれくらいの期間が必要ですか?
(長坂さん)自然に再生されるには、近くに母樹(種子の供給源)が必要ですが、ヤナギ類なら20年くらいで成林になります。50年ほど経つと遷移が進んで衰退期に移るでしょう。
さっき、生態学的機能から見た河畔林の必要量を示されました。イトウ再導入の実験が行なわれている倶登山川は幅10mほどの規模ですが、どれほどの河畔林が必要でしょう?
(長坂さん)たとえば日射遮断の効果は、小さな川なら木陰が水面を覆う程度でも大丈夫だと思います。先ほどの数字も、水流次数の違いをどのように反映させるべきか、もっと整理してみたいと思っています。
源流は山から流れ出ていますが、山全体が河畔林というふうに考えていいんですか?
(長坂さん)山地上流部は河畔林が比較的保全されている場合が多いんです。それが急に消えてしまう中・下流部との連続性をどう取り戻すかが、再生のポイントだと思います。とくに流域全体を利用するイトウ、中・下流部で長く過ごすサクラマスたちには、それがカギではないでしょうか。
河畔林を伐採したとき、生態系への影響を簡単に判定する方法はありますか?
(長坂さん)水温の変化は分かりやすい指標だと思います。水温上昇にともなっていろんな生態学的な変化が起きますから。また、木を切ったところが新たに土砂供給源になって下流の底質に変化を生じれば生息環境が変わるとか、いろんなマイナスインパクトが考えられます。いずれにせよ、ちゃんと事前調査しておくことが大事だと思います。
洪水を防ぐのに、河畔の密生した樹林を間引くことはどうでしょう? 治水管理の側から言えば、間引きによって「透過係数」(流れにくさを示す指標)を下げられれば、河畔林を皆伐しなくてもよいと思うんです。人手を加えて透過係数を管理していく、それである程度の河畔林を残していく、ということが可能なのでは……?
(長坂さん)河畔林を切るな、という意見があると、河川管理者としては、そういう方向を探ることになるのかと思います。中・下流域の住民の方からも、そういう要望はよく伺います(笑い)。従来の洪水管理の考え方では、川は洪水を流下させる水路であって「水路の中のもの=障害物」というふうに見てしまうと、間引きとか伐採とかを選択してしまいがちです。でも川の中だけで処理することは限界があると思うんです。発想を変えて、流下速度を遅延させるとか、旧河道に流すようにするとか、いわゆる「総合治水」を取り入れていかないと……。それには従来の流量の配分計画から見直す必要があって、すると土地利用の調整も必要になり、縦割り行政の中で分野横断的に調整を図る機関がどうしても必要になるわけですが、それこそ、これからチャレンジしていくべきテーマではないでしょうか。管理にはコストもかかりますし、周辺の土地利用とのかねあいもあるでしょう。地域ごとに検討する必要があると思います。
オビラメ勉強会 2007年1月20日、ニセコ町民センター
オビラメの会主催の勉強会「イトウすむ尻別川の生態系を支える河畔林」が2007年1月20日午後、ニセコ町民会館で開かれ、長坂晶子さん(北海道立林業試験場研究職員)の講演に約40人の参加者が耳を傾けました。講演内容と討論の模様をダイジェストでお伝えします。
文と写真 平田剛士=オビラメの会