永山滋也「オビラメ勉強会「サケ科の魚が暮らせる川」

2009/6/26, 2021/12/30

2009年6月27日、ニセコ町民センター

永山滋也氏ながやま・しげや 北海道大学大学院農学院博士課程修了(森林生態系管理学)。農学博士。論文に『河川魚類群集の保全と再生に関する景観生態学的研究』(2008年9月、博士論文)など多数。2009年7月から独立行政法人土木研究所自然共生研究センター専門研究員。

魚類脅かす「生息場の改変」

みなさん、こんにちは。勉強会にお招きいただき、ありがとうございます。

かつて北海道各地の川には、サケ科をはじめ多くの魚類が生息していたわけですが、現在では、イトウのように絶滅に瀕しているものが少なくありません。

イトウを含むサケ科魚類たちの生存を脅かす要因として、(1)生息場の改変、(2)水温の上昇、(3)水質変化、(4)えさ不足、(5)外来種の影響、(6)捕獲圧力、といったことを挙げることができますが、このなかでも最も重大だと思われるのが(1)の「生息場の改変」ではないでしょうか。

そこできょうは、特にこの点に注目して、サケ科魚類が安心して暮らしていける環境とは一体どのようなものなのか、これまでの私の研究成果をお話ししたいと思います。

言うまでもなく、ひとくちに川といっても、姿は一様ではありません。上流から下流に向けて、「山地上流部」「扇状地中流部」「沖積低地下流部」と、大きく3つに分けることができます。

サケ科のうちでも、サクラマスやイトウといった種は、幼魚時代と成長後、あるいは季節によってもあちこち棲み場所を変えながら、これらの流程全部を利用して一生を送ります。それぞれの段階でそれぞれ異なる条件の環境が必要なわけですが、私の研究では、特に「山地上流部」と「沖積低地下流部」に的を絞って、魚たちがどんな条件の場所を利用しているか、突き止めようと考えました。


利用ユニットを変えるサクラマス

上流のユニットさっそく結果をご覧いただきましょう。まず山地上流部です。この研究では、川の構造を「淵」「早瀬」そして「側流路」といったユニット(channel unit=流路単位)に分けてとらえることにしました。すると、川の流れ全体は、これらユニットが連続的に組み合わさってできている、と考えることができます。

観察地に選んだ道東の河川で、区間を定めて、電気漁具を使って、定期的に魚を捕獲して歩きました。魚の種類、大きさ(年齢)といったデータを、季節ごと、川のユニットごとに集計していきました。

すると、たとえば6月から8月にかけては、サクラマス幼魚は「側流路」に多く集まり、大型のオショロコマは「淵」に多く見られ、ハナカジカは「早瀬」と「淵」をよく利用している、ということが分かりました。

また季節ごとの変化をおってみると、こんなことが分かってきます。

サクラマスでは、浮上直後の幼魚時代(春)は、川のメインの流れの横にできた小さな流れである「側流路」で過ごします。夏を迎えると体が大きくなって遊泳力もつき、えさのとりやすい「早瀬」や「淵」に移動。水温が下がってくると「淵」や「側流路」で越冬します。彼らは翌春、海に下っていきますが、繁殖のために再び川に戻ってきた秋には、「淵」と「早瀬」をつなぐ「移行帯」をもっぱら利用していました。

つまり、サクラマスがその生活史を閉じるためには、「側流路」「淵」「早瀬」さらに「移行帯」といった、自然の川がごく当たり前に作り出すユニットがそろっている環境が必要だということです。縦方向、横方向に連なるユニットの存在が大切なのです。


下流の大きな川でも大事なのは縦、横の多様なユニット

下流のユニット今度は「沖積低地下流部」について、同様な観察をした結果をお見せしましょう。下流部では、川は左右に大きく蛇行したりして、上流部とは流れの構造がずいぶん異なります。ここでは「平瀬」「よどみ」「水衝部(蛇行の外側で流水が河岸にぶつかっているところ)」「寄り州縁辺部」、それに「河跡湖」が川を構成する主要なユニットと判断されました。

「よどみ」は、流水が横方向に作用して河岸をくぼ地状に浸食した場所に生じる環境といえるでしょう。

こうしたユニットごとに魚の利用状況を調べた結果、上流部と同じように、魚たちが環境を使い分けていることが分かりました。たとえば、小型のサクラマスはよどみをよく利用しますが、大きくなると水衝部や平瀬を利用するようになりますし、大きなオショロコマは、特に水衝部を好んでいました。トゲウオ類は川の中ではよどみを利用し、河跡湖では爆発的な生息数を誇っています。ヤツメウナギ類もよどみに多く見られ、水底の泥の中に棲んでいました。

つまり、縦方向、横方向に連なる川のユニットがセットで存在することにより、すべての魚の暮らしが支えられていることが分かります。

さらに、倒流木の存在も重要です。これもまた、上流部でも下流部でも同様です。たとえば下流部では、倒流木の流心側に水流が集まり、サクラマスの良い餌場が生じますし、その裏側には緩流域ができたりもします。緩流域はサケ科の稚魚やもともと緩やかな流れを好むトゲウオ類のような魚に利用される場となります。下流部の蛇行した川では、そんな倒流木が無数にからみあって、いわゆる「ログジャム」状態になっているような環境が本来たくさんあるのです。

以上のことから、川が自ら作り出す縦、横方向の様々なユニット、言い換えれば縦、横方向の多様な地形と、川沿いの森から自然に発生する倒木などが、いかに魚たちに重要な意味を持っているか理解いただけたかと思います。


川を単純化する護岸工事やダム

ところが近年の河川開発では、河道を固定し、蛇行は直線化、岸辺は護岸し、ダムを造っては魚の自由な往来すら奪ってしまっています。

こうした河川工事がおこなわれると、上流部では例の「瀬」「淵」構造が崩れて、単純な平瀬ばかりの川になってしまいます。

下流部では蛇行が許されず、もはや「よどみ」の生じる余地はなくなります。先ほど述べた「横方向の多様な地形」は単純化され、川沿いから木が倒れ込んでくるようなこともなくなります。また、護岸やダム、そして直線化された流路は土砂移動(土砂収支)のバランスを崩す要因となり、全国各地の川で今、河床の砂礫がなくなって岩盤がむき出しになるという問題が生じています。砂礫は「瀬」「淵」構造をはじめとする多様な川の地形を作る材料ですので、岩盤が露出した川は、工事された川のように単調な川へと変貌を遂げてしまうのです。


再生の試み

人間が開発によってそのようにしてしまった川を、では、魚たちのために、これからどのようにすれば再生できるでしょう。

答えは「川の縦方向・横方向の地形を多様にする」という一言に尽きます。

すでに始まっている再生実験の例をいくつかお目にかけましょう。

石狩川水系豊平川支流の真駒内川(札幌市)では、工事後きわめて単調だった川の岸際に、人頭大の玉石を詰め込んだ直方体のカゴをいくつか配置して、流れを多様にし、サクラマス幼魚(ヤマベ)の越冬場を創出する試みが実践されました。

また、河床の岩盤がむき出しになっていた場所では、玉石をワイヤーで連結したものを両岸から交互にクシ状に張り出す形で配置し、流下してくる砂礫を一定時間そこで食い止める仕掛けを施しました。数年経つと河床に砂礫が戻り、それまで見られなかったサクラマスの産卵床が見つかるまでになっています。

次は、国交省が2002年から直線河道の再蛇行化実験を進めている道東の標津川(標津町)で、復元した蛇行部分に、岸辺から人工的に倒木を投入した例です。

まず重さ800kgの巨大な根株の塊を沈めて固定し、そこに高さ13mの枝付きの針葉樹をワイヤーで結びつけて投入しました。伝統的な護岸法に「木流し」と呼ばれるやり方があるのですが、それに倣ったものです。

1年後、この人工倒木の周辺ではサクラマスの幼魚だけでなく海から戻ってきた親魚までもが観察されました。人工倒木の幹に沿って流れが集まった部分には中型、その裏側のよどみには小型、また根株の下流側の深くえぐれて流れが緩くなった場所には大型のサクラマスが高い密度で生息していたのです。

たとえ人工的にでも、このように木を丸ごと川の流れの中に投入することで、その周囲にいろいろな環境が生まれ、幼魚から親魚まで、各成長段階の魚が一緒にすめるようになったのです。


倶登山川の魚道機能評価

倶登山2号魚道オビラメの会のみなさんがイトウの再導入実験をされている倶登山川では、3つの落差工に新しい魚道が造られたばかりです。みなさんは「泳ぎ上り式」「メンテナンスフリー」「低コスト」「住民参加型」といった新しい要素をこの魚道デザインに反映させたいと主張され、一番下流側の1号落差工は従来の階段型(ハーフコーンタイプ)魚道でしたが、上流側の2号・3号落差工の魚道は「泳ぎ上り式」の斜路型魚道になりました。

ただ、やはり実際に機能を確かめることが大事です。それも単に「下流から上流に向けて何匹の魚が上った」というだけでなく、このデザインの魚道が従来の魚道に比べてどれほど優れているのか、科学的にきちんと評価すべきだと思います。

私はこの夏から来年にかけて、その評価を研究課題にしたいと思って準備しているところですが、おおむね次のようなプランを考えています。

まず、比較対象として、落差工の全くない自然の瀬でも魚たちの“通行量”を調べることにします。そして1号の階段型、2・3号の斜路型魚道も同じ方法で調べ、3つを比較することで、互いの魚道機能の差をきちんと評価できるのではないかと思っています。


河川開発の方向転換を

これまで日本の河川整備事業は、川の水を速やかに海へ放水することを目的に、川を堤防内に閉じこめ直線化し、岸際も滑らかに整形し、流水の阻害になる倒流木とその供給源である河畔林も排除してきました。過去約60年間、行政だけではなく国民もまた、川を川として意識することが希薄になり、川は現在のような単なる放水路に変貌してきたと感じます。

瀬淵やよどみ等の多様な場や倒流木、これら魚の生活にきわめて大事な要素は、川のダイナミックな働きによって維持されています。現在は、そのダイナミックな働きが失われた結果として、魚をはじめとする川の生き物にとって、とても窮屈な川になってしまっているのです。危機的な状況にあるイトウなどにとっては、窮屈どころかそもそも棲めない川ばかりになっていると言って過言ではありません。

国土交通省では、最近「多自然川づくり」の技術基準を改定するなど、川が自由に澪筋を変えながら流れられるような工事への方向転換を図りだしています。これは、川のダイナミズムによる生態系の回復を目指す一歩であることは間違いないでしょう。

こうした動きに、私の研究が少しでも貢献できればと願っています。

これで私のお話は終わりです。ありがとうございました。