「イトウ養殖幼魚の昆布巻き」について

2023/01/16、2023/02/06

2023年2月6日

「イトウ養殖幼魚の昆布巻き」について

尻別川の未来を考えるオビラメの会
会長:吉岡俊彦 事務局長:川村洋司

北海道大学北方生物圏フィールド科学センター水圏ステーション七飯淡水実験所が、人工養殖のイトウ幼魚を「昆布巻き」に加工・販売していることが「北海道新聞」(2023年1月8日付け)で報道され、当会は1月16日、同実験所長あてに「会員一同、強い違和感を覚えました」「北海道大学が、失礼ながら、なぜこのような〈愚行〉に走られるのか、ぜひご説明いただきた」い、などと記した公開質問状を送付しました。同実験所長からの回答書は、1月26日に当会に届きました。指定の期限内に回答をお寄せくださった同実験所長に感謝の意を表したうえで、以下、それに対する当会の見解をお知らせします。

(1)イトウは「家魚」化に不適な種

回答書は、同実験所の研究の目標について、「天然では少なくなってきている⿂をその資源量に影響を与えることなく増殖させ、最終的には増やした⿂を社会に還元すること」と述べています。「社会に還元」の言葉は抽象的ですが、「イトウ昆布巻き」を含む食品としての「活用」に軸足があるのでしょう。多岐にわたる魚種の中から、食品として利用するのに適した種を選び出す水産増殖研究の必要性を、わたしたちは否定しません。他方、野生動植物には、家畜・家禽・農作物として資源化に向いている種と、そうではない種があります。同じサケ科魚類でも、ニジマスなどと異なり、濃厚給餌の飼育下においても世代年齢10年におよぶイトウは、効率的に食肉を生産するための「家魚化」には、明らかに不適です。仮にこうした魚種で収益事業を企図しても、生産コストに見合う販売価を維持するために、「幻の魚」「絶滅危惧種」といったイメージを宣伝し続けなければならないでしょう。こうしたイメージは本来、各地のイトウ個体群から一刻も早くはがしてしまいたいネガティブなレッテルです。養殖イトウ食肉生産の提案が、内水面漁業の振興や、ましてSDG’sに寄与するとは、まったく思えません。国立大学法人の研究機関が「様々な魚種を養殖により増殖していかなければ立ち行かなくなっている」「増養殖技術の進歩が天然資源の保護、飢餓の撲滅につながる」(回答書)という一般論をもって「イトウ昆布巻き」を正当化するのは、詭弁というほかなく、残念です。

(2)北海道大学はベクトルを再考すべき

回答書は、「貴団体が天然集団の保全・復元する研究を行っている別のベクトルとして、『活用』を考えている」「お互いに様々なベクトルを持って現在の状況に対応していることを認め合う。それが重要ではないでしょうか。」と述べています。ベクトルは、「速度・力のように大きさと向きを有する量」(大辞林)を意味することばです。オビラメの会は、イトウ尻別川個体群の復元を目的に、IUCN指針などを参照しつつ流域のいくつかの支流で慎重に「再導入/補充」を試みていますが、放流向けの稚魚を得るために親魚飼育施設「有島ポンド」を設け、人工増殖技術を利用しています。そうして、北海道大学七飯淡水実験所がまさに同じイトウ人工増殖技術の研究機関だからこそ、わたしたちは「ベクトルの違い」に敏感にならざるを得ないのです。回答書にある「飢餓問題などは喫緊の課題」とする問題意識を「認め合う」ことに抵抗はありませんが、前記のように、イトウは飢餓問題の解決には不適な種です。でももし、七飯淡水実験所が従来のイトウ家魚化のベクトルを転換し、地元・北海道内各地で絶滅したり絶滅に瀕したりしているイトウ地域個体群の復元のために、最新の科学的知見とこれまで培ってきた人工増殖技術を生かして何らか新しいプロジェクトに着手した、というニュースが報道されたら、わたしたちは大歓迎の拍手を送るでしょう。


2023年1月16日

「イトウ養殖幼魚の昆布巻き」についての公開質問状

北海道大学北方生物圏フィールド科学センター
水圏ステーション七飯淡水実験所長 山羽悦郎様

尻別川の未来を考えるオビラメの会
会長:吉岡俊彦 事務局長:川村洋司
〒048-1511 北海道虻田郡ニセコ町ニセコ315-198
http://obirame.sakura.ne.jp/index.html

前略  当会は、絶滅危惧種イトウ尻別川個体群の保全・復元を目指して活動する市民グループです。さる1月8日づけの「北海道新聞』に掲載された記事「『幻の魚』イトウ 養殖幼魚を昆布巻きに 北大七飯淡水実験所」を拝読し、当会会員一同、強い違和感を覚えました。生物多様性保全の先導者とご期待申し上げる北海道大学が、失礼ながら、なぜこのような「愚行」に走られるのか、ぜひご説明いただきたく、本状をお届けいたします。ご多用とは存じますが、以下の各項について、1月末までに書面にてご回答をお願いします。なお、本状とご回答は、当会ウェブサイトで公開し、北海道大学本部とマスメディアにも送付します。

質問1 イトウ(Parahucho perryi)は、IUCNレッドリストCr、環境省レッドリストEn、北海道レッドリストEnと、いずれも最高度の保全対象種と認定され、北海道内の各生息河川流域ではおもに1990年代から、当会をふくめ、各地の地元グループが専門機関や自治体などとともに、それぞれ苦労と工夫を重ねながら、さまざまな保全復元対策に取り組んでいます。そのような状況下で、同じイトウを、養殖による「余った幼魚」(記事)だからと商品化し、「幻」と銘打って、野生個体群の希少性を販売促進に利用するやり方は、倒錯しているとしか思えません。ご見解をお聞かせください。

質問2 絶滅に瀕した個体群の保護管理システムや、生物の移動に関する法規制は未整備です。とりわけ淡水域では、養殖施設由来の外来生物が在来生態系に深刻な被害をもたらし続けています。商品が「入荷当日に売り切れた」(記事)との北海道大学発の情報が、「イトウは商売になる」という誤った印象を与え、野生個体の乱獲や養殖魚の漏洩などの新たな脅威を生むのではと強く懸念します。ご見解をお聞かせください。

質問3 記事によれば、約80年前からイトウの増養殖研究を継続中とのことですが、どのような研究でしょうか。また、その成果がこれまで各地個体群の保全・復元に活用された事例があればお知らせください。

質問4 記事に「養殖技術の向上で生存率が高まり、研究で使い切れない幼魚が増えてきた」とありますが、向上したその技術で生産数をコントロール(抑制)すれば、わざわざ他の養殖魚のエサにしたり、商品化したりせずに済むはずです。ご見解をお聞かせください。


2023年1月27日、⼭⽻悦郎・北海道大学北⽅⽣物圏フィールド科学センター七飯淡⽔実験所所⻑からの回答文書(pdf、364kb)