川村洋司氏「イトウ資源がどうなっているか知っていますか 」
2002/10/13, 2017/08/01
川村洋司(かわむら ひろし)
1950年、東京生まれ。北海道立水産孵化場病理環境部主任研究員。石狩川水系空知川の「かなやま湖」(ダム湖)とその上流域を主な調査フィールドに、野生イトウの知られざる生態を次々に明らかにしてきた。1993年以降、「尻別川の未来を考える オビラメの会」とともに尻別川水系のイトウ繁殖状況を調査し、「尻別個体群は絶滅寸前」と評価。
希少種の認識あったが……
イトウの北海道における分布状況を明らかにした報告は山代(1978)が最初で最後です。主として文献調査や釣人からの聞き取り、さらに氏の長年の研究成果を元に当時の分布状況を明らかにした画期的な調査報告でしたが、当時すでに希少種であったことから、公表されたのは分布状況の概要だけで、詳細については一般に公表されなかったのでその存在はほとんど知られていません。また、当時は釣り以外に効果的な採捕調査方法が知られていなかったので、記録は大型魚の採捕に関する物がほとんどで、各河川における産卵群の存在状況など資源の状況などを知ることは出来ませんでした。したがって、「幻の魚」という称号に見られるように、イトウは希少種であるという認識が古くからあったにもかかわらず、具体的な保護施策の実施はもとより、河川環境の改悪にさえも何ら歯止めがかかることなく、今日まで野放し状態でした。
最近、当場と北海道大学との共同研究を通じて浮上直後の稚魚を電気ショッカーを用いて容易に採捕可能である事が判明し、その大きな初期分散と相まって、各河川個体群におけるイトウの再生産状況の調査が効率的に可能になりました。さらに流域の全産卵床数の計数を行うことによって資源状況の把握も可能になり、その相対的な評価も行われるようになってきています。
ここでは最近の手法を用いたイトウの分布状況調査の結果を述べ、山代(1978)との比較から近年いかにイトウが減少して危険な資源状況となっているかを明らかにし、その資源状況や減少の要因を考える事を通して、今後の保護施策について考えていきたいと思います。
道東すらほぼ全滅……
山代(1978)によると1970年代後半においてはイトウは32水系6湖沼で生息が確認され、7河川5湖沼で絶滅ないし70年代の採捕記録がないと報告されています。70年代後半では道東及び道北ではほとんど全ての河川に上流から下流まで生息が認められ、当時の分布の中心が両地域にあったことが推定されます。一方長大な河川である石狩川と十勝川では中下流域から姿を消しており、当時すでに治水を目的とした河川改修や平野部の都市化・農地開発がイトウの生息に大きな影響を及ぼしていた様子が伺えます。しかしその分布域の広さから、当時すでに少ないと言われていたにもかかわらず、全道ではまだかなりのイトウが生息していたと考えて良いでしょう。まだ各地の流域に尻別川に代表されるようなイトウ釣り師が沢山存在して、時折メーターオーバーの記事で新聞紙上を賑わせていた時代です。
下って1998年以降、前述した方法を用いてイトウの生息状況調査が私たちの手で始められました。調査が進むに連れてイトウのおかれているとても厳しい状況が次第に明らかにされてきましたが、一番衝撃的なのはかつて分布の中心であった道東域のほとんどの河川からイトウの再生産が確認されなかったことでしょう。草地化による土砂の堆積などにより、再生産環境の多くが失われており、聖地のように考えられ漫画にまで登場した釧路湿原はもとより、根釧原野を流れる多くの河川がもはや絶滅ないし絶滅の心配される河川となっています。十勝川の上流域でも同様です。さらにもう一方の中心地であった道北域では、オホーツク海側の猿払川を中心にまだ比較的大きな個体群が残されていますが、日本海側では天塩川下流域のサロベツ原野を中心にその周辺域も含めてごく一部の小支流にしか再生産は確認されていません。しかも孤立して存在しています。かつてメーターオーバーの巨大イトウが釣れることで知られた道南の尻別川では過去7年ほど再生産が確認されておらず、近い将来の絶滅が極めて憂慮されます。
カテゴリー |
具体的要件 |
1 絶滅危機個体群 | 再生産が確認されないかもしくは個体群全体で確認される産卵床数が10未満 |
2 希少個体群 | 個体群全体で確認される産卵床数が30未満で、かつ1~2本の支流に限定される |
3 留意個体群 | 個体群全体で確認される産卵床数が60未満で、数本の支流に限定される |
4 安定個体群 | 個体群全体で確認される産卵床数が60以上で、多くの支流で産卵が行われる |
「特殊環境」でのみ安定?
現在安定して当面絶滅の心配のない個体群は道北猿払川周辺、天塩川中流、朱鞠内人工湖、金山人工湖、別寒辺牛川ヤウシュベツ演習場周辺域及び道北1人工湖個体群の6個体群だけと考えられます。6個体群のうち3カ所が山間の人工湖上流、1カ所は自衛隊の演習地内と言う特殊な環境であり、従来の生息地をそのままで残すことの困難性が伺えます。
イトウの資源状況は各河川によって様々であり、その抱える問題点もそれぞれに異なっています。したがって保護の手法もそれぞれのおかれている状況に即して考えていかなければなりません。関わる問題は当該河川を巡る自然環境はもとより流域の社会環境も強く影響しています。イトウのような広域に生息する淡水魚の保護を考える際の困難性はそこにあるでしょう。
資源状況によって各地のイトウ個体群を4つのカテゴリーにわけ、そのカテゴリーに即した保護の考え方を提案して、ともに考える材料にしたいと思います。