われら遂に授精に成功せり
2003、2022/01/04
江戸謙顕(学術振興会科学技術特別研究員、オビラメの会会員)
2003年6月14日、ニセコ町民センター
2003年6月14日、「オビラメの会」通常総会に引き続き、江戸謙顕さんが「採卵成功記念オビラメ報告会――われら遂に授精に成功せり」と題して報告を行ないました。ダイジェストでお伝えします。(オビラメの会ニューズレター第15号=2003年7月発行に収録。Tsuyoshi Hirata / text , Yoshifusa Suzuki /photo)
尻別川オリジナルにこだわる理由
みなさん、こんにちは。先日「オビラメの会」は念願の採卵に成功したわけですが、そもそもなぜ採卵しなくてはならなかったのか、ということからお話しします。尻別川ではいま、イトウの若い個体がほとんど見つかりません。これまで調査でイトウ稚魚を探し続けてきたのですが、1999年にたった1匹、2年魚が見つかったきりです。逆算して1997年にかろうじてワンペアが繁殖に成功したと考えられますが、98年、99年は繁殖していないと思われます。
尻別川で生き残っている雌の親魚はせいぜい数尾だろうと推定され、生物学的にいえば個体群はすでに崩壊しているといわざるを得ません。こうなってしまうと、もう禁漁措置とかの一般的な対策では、個体群の復元は不可能です。もはや人工的に復元していくほかなく、その1手法として種苗放流があるわけです。ただ、「オビラメの会」は放流する種苗は「尻別川オリジナルのものに限る」という点にこだわってきました。猿払とか空知川とか、ほかの水系のイトウを移植したらいいのにと思われるかも知れませんが、認めていません。
なぜ移植放流がダメなのか。それは、生物の進化と深く関係しています。イトウに限らないのですが、生物は住んでいる場所ごとに、イトウの場合は水系ごとと言えるわけですが、独自の進化をしているのです。イトウを調べてみると、水系ごとに繁殖個体のサイズや年齢など、個体群の構造が違っていますが、それは水系ごとにかかる選択(=淘汰)が異なっており、その結果、各水系のイトウの遺伝子組成は水系ごとに異なっていると考えられるのです。単に川にイトウがいればいい、というのではなく、「尻別川では、尻別川オリジナルの遺伝子を持ったイトウを守る」ことが重要なんです。
絶滅寸前の個体群を復元するには、まず絶滅原因の解明とその除去をおこない、その後に種苗を放流するなどして定着を図る、という手順を踏むことになります。「オビラメ30年計画」はそのように立てられていますが、そのための種苗として、尻別川オリジナルの魚から採卵して、人工授精する必要があるのです。
尻別川はやっぱりすげえ川です
今回捕獲・採卵されたイトウは尻別イトウの将来を担う雌ということになります。それにしてもこれだけデカいイトウが釣れてしまう尻別川は、やっぱりすごいと思います。
この雌は、サイズの割にコンディションがいいなあ、というのが第一印象でした。川魚でこんなに太い魚はほかにいないんではないでしょうか。とりわけ頭の部分の盛り上がりが、大物ぶりを物語っていますね。やっぱり尻別はすげえなあ、という感じです。
麻酔液を溶かした水槽に移しておとなしくさせてから、体重を計るのに、人に抱きかかえてもらって一緒に体重計に乗ってもらいました。合わせてちょう100kgでしたが、この人の体重が82kgだったので、魚はざっと18kgということです。でも最初オレ、間違って28kgって読んじゃったんです。回りに10人くらいいたんですけど、みんな「おお、28kgか、そうかそうか」って、だれも引き算の間違いに気づかなかった(笑)。みんなそのくらい興奮してました。
採卵作業は3人がかりで
採卵は3人がかりでやりました。オレは尻尾のほうを押さえたんですが、麻酔が効いているにもかかわらず、すごい力で。筋肉がビクビクって震えてから、尻尾がばーんと動くんです。必死でした。このサイズの魚なら、1万粒くらいは腹に持っていてもおかしくないんですが、実際は6000粒しか採れませんでした。過熟気味だったことが原因かも知れません。卵を採った後、身長を図ろうとしたんですが、90cmのモノサシしか用意していなくて、足りない分に巻き尺を足して図りました。ウロコも採取し、これから年輪を見て年齢査定をします。ここまでは、このメスを釣り上げた蘭越町内の方の自宅の庭先で処置したんですが、その後、オビラメの池に水槽ごと運んで、そこで授精させました。
精子を採ったのは「チビ」で、これでも80cmくらいある魚ですけど、メーターオーバーの魚から採卵した後はもう余裕で「フンフーン」っていう感じで(笑)、孵化場の小出さんがひとりで抱えて、採精作業をしました。
「チビ」が精子提供者に
「チビ」の精子は量が少なく、卵全部に授精させられないということで、一部にかけ、あとは道立水産孵化場に持ち帰り、残りの卵には保存してあった凍結精子を用いて人工授精しました。今回の人工授精に関するデータは表の通りです。発眼卵数と発眼率は、6月11日に検卵した時点での数字です。
採卵数は6000以上だったのに、トータルで発眼卵数が306粒、発眼率は5.0%ということです。自然状態の授精では90~98%の発眼率、凍結精子を使った人工授精でも通常50~70%くらいですから、残念ながら今回の成績はかなり低い数値となりました。「チビ」の生精子を使った卵と、凍結精子を使った卵の発眼率に差がないことから、精子側の問題というより、卵の側に原因があったのかも知れません。卵が過熟だった、もしくは親魚が高齢だったことなどが考えられます。
授精数 | 発眼卵数 | 発眼率 | |
---|---|---|---|
生鮮精子授精卵 | 1160粒 | 53粒 | 4.6% |
凍結精子授精卵 | 4980粒 | 252粒 | 5.1% |
合計 | 6140粒 | 306粒 | 5.0% |
このくらいの発眼卵数だと、今回はこの稚魚を直接、放流には回すことはできないでしょう。とにかく尻別川のDNA(遺伝子の本体)をつなげていくことが大事なので、この稚魚は全部大切に親魚にまで育てて、そこから生まれた次世代の稚魚を放流に回す、ということになると思います。
この間に、放流場所の検討を急がなくてはなりません。再生産可能な支流を探し、本流の環境も復元し、また釣りのルールづくりとか、河川工事などのイトウへのインパクトを制限するとか、またそうなると、行政などとの協力、折衝も不可欠です。稚魚の飼育体制も含めて、やるべきテーマは目白押しです。これからが正念場だと思います。ご静聴ありがとうございました。
えど・かねあき 1970年、東京都に生まれる。2001年、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。2002年1月から学術振興会科学技術特別研究員。北海道環境科学研究センター(札幌市)に在籍。専門は保全生物学。著書に『生物と環境』(共著、三共出版、2002年)がある。「尻別川の未来を考える オビラメの会」会員。(プロフィールは講演当時のものです)