オビラメ稚魚放流アセスメント

2004/10/28, 2021/12/30

江戸謙顕(学術振興会科学技術特別研究員)

尻別川のイトウ個体群は絶滅寸前で、ただ単に自然環境を守るだけではもう間に合いません。われわれ「オビラメの会」は、再導入(同じ場所に人為的に個体を放して再定着を図ること)を進めるべき状態にあると判断し、今回初めて、尻別川産親魚から得た稚魚の放流が実現しました。

とはいえ、こうした放流や再導入も、あくまで人為的行為です。もしかするとかえって自然環境に悪影響を与えてしまうかも知れません。われわれには、これら全てのプロセスをモニタリング(監視)し、管理し、もし何か問題が発生したらすぐに修正する、そういう責任も負うことになります。これまで環境破壊を続けてきたわれわれ人間は、自然に対してもっと謙虚にならなければならないと思いますが、それは今回のような再導入の試みにも当てはまるわけです。

今回のイトウ再導入に当たっては、ぼくと何人かの専門家や学生たちとでモニタリングのチームを作りました。放流開始前からすでにフィールド調査を始めていて、きょうはその結果を一部ご紹介します。

プレモニタリングの概要と成果

川村さんもご報告だったように、放流は尻別川水系倶登山川流域の2本の川で行ないました。乱獲の危険を避けるために放流地点の詳しい場所は公表していませんので、ここでは仮にA川、B川と呼ぶことにします。

A川は周囲にブッシュが発達して、放流稚魚の生残率は高くなると予想されますが、調査する立場からは、定量的なモニタリングは非常に困難な環境です。いっぽう、流路長約3kmのB川は、2カ所の堰堤と直線化された改修区間を越えていかないと親のイトウは上流の産卵場所までたどり着けないのですが、稚魚等のモニタリングは可能です。堰堤や改修の問題は、稚魚が川を下って、大きく育ってからまた回帰してくるまでに解決していこう、というプランです。

ぼくたちモニタリングチームは、放流前の2004年9月中旬に、まず両河川の事前調査、プレモニタリングをやりました。さっきも言ったように、放流という人為で、もしかしたら既存の生態系を壊してしまうかも知れません。まず放流前の状況がキチンと分かっていないと、壊してしまったかどうかさえ比較判断できませんから、これはとても重要なのです。

まず(1)産卵可能区間の推定をやりました(表1)。

項目 条件
流路単位 瀬または平瀬
レキの径 16~64mm。シルトが少ないこと。
水深 40cm以下
区間長 1.5m以上

表1 イトウが産卵可能な環境の条件

産卵可能な環境が残っているのはB川ですが、GPS(全方位無線測位システム)を用いて正確に計測した結果、調査区間960mのうち延べ182m分を産卵可能区間と判定しました。

とはいえ、これはぼくと川村さんが川を歩いて、目視で「ここは可能、ここはダメ」と判定したもので、もちろんぼくたちには絶対の自信があるんですけど(笑)、厳密な意味で科学的、客観的か、といわれれば、確かにこれでは不十分なんです。理想をいえば、川にコードラート(方形区)やトランセクト(川に一定間隔で設定する横断線)等を設定し、定量的に調査すべきなんです。でも、それをやろうとしたら、人手も時間も、膨大なコストがかかります(苦笑)。

昆虫の種類 捕獲器具 調査区間数 サンプル数
底生昆虫 サーバーネット(25×25cm) A川3 A川12
B川15 B川60
流下昆虫 ドリフトネット(25×25cm) A川3 A川12
B川15 B川60

表2 水生昆虫調査の概要

次に(2)昆虫相を調べました。川の中の昆虫はイトウ稚魚の餌になります。放流後、稚魚たちの餌量は十分か、というのと、放流によって昆虫の側にどんな影響が出るのか、それを把握するための調査です(表2)。

実際にやってみて思い知ったのは、これをボランティアでやるのは非常に過酷だということです(笑)。2人1組の2チーム体制で当たりましたが、丸4日間、朝から日暮れまで現場作業が続きました。膨大なサンプルの解析はこれからです。

でも実はこの調査もまだまだ不十分。科学者として正直に告白しますと(苦笑)、昆虫出現頻度の年変動や季節変動は、全く考慮できていません。また、たとえば昆虫サンプルの解析は、専門業者に委託したら1サンプルあたり3万円かかるそうです。今回は、チームの一員で酪農大学の大光明宏武くんが卒論のためにこの仕事を無償で引き受けてくれますが、サンプルはこれからもどんどん増えていきます。やはり莫大なコストがかかります。

調査項目 種構成/体サイズ/個体数/ほか
捕獲器具 電気式漁具、漁網ほか
調査方法 定点(A川3地点、B川15区間)で一定の捕獲圧のもとに魚類を捕獲し、サンプルとする。
推定方法 サンプルをもとにした除去法

表3 魚類調査の概要

プレモニタリングでは(3)魚類相にも注目しました。イトウは河川内の最高次捕食者です。現在はいないその捕食者の人為的な放流によって、その場所で最も大きな影響を被るのはほかの種の魚類かも知れません(表3)。

魚類相を調べてみると、たとえばイトウ再生産河川としてわれわれが特に期待しているB川は、いまはフクドジョウの川だなあという印象を受けました。フクドジョウが1178匹獲れたのに対し、アメマスは最下流部で2匹確認しただけです。外来種のニジマスも含め、ほかのサケ科は見つかっていません。サケ科がこんなに少ないのは、下流の堰堤の影響だと思われますが、この結果からだけでも、これらの堰堤の再改修(魚道設置など)が必要な理由といったものが浮かび上がってくると思います。

これからのオビラメ・モニタリング計画

このようにプレモニタリングを何とか済ませて9月25日にイトウ稚魚の初放流をやりました。ここからは今後のモニタリング計画についてお話ししましょう。われわれはこのような調査項目を考えています(表4)。

放流稚魚の個体数モニタリング
生息場所モニタリング
倶登山川流域全体のモニタリング
遺伝的多様性のモニタリング
そのほか

表4 イトウ稚魚放流後のモニタリング項目

1の稚魚モニタリングは、放流した魚がどれくらい生き残るか、効果を判定するのに欠かせません。放流稚魚は全個体のアブラビレをカットして、一目で分かるようにしています。ただ、イトウ稚魚は次第に流下分散していく習性があるので、倶登山川や尻別川本流までいってしまうと、定量的な追跡は困難になります。

イトウ稚魚が好んで定位する場所
イトウ稚魚が好んで定位する場所は……水深は数センチから10数センチ、流速がほとんどゼロ。泥底で、岸からのカバーで覆われているような環境だ(黄色の円内など)。写真撮影/鈴木芳房氏

2は、稚魚が利用可能な環境のモニタリングです。各調査区間で稚魚が見つかった環境を「生息場所」と見なしてチェックしておきます。個体数と生息場所数の関連をみれば、たとえばB川の改修区間(直線化、3面護岸)と自然区間(未改修)とを比較することで、環境収容力の差などの傾向をつかむことができるかも知れません。

「オビラメの会」は来春以降も人工孵化稚魚の放流を続けていく計画ですが、放流数をチェックし続ければ、今後は放流数を産卵・孵化・浮上数とみなすことで、放流魚による「個体群」をモニタリングできることになります。今年放流した4cmの魚も、いずれメーターオーバーになって戻ってくるでしょう(笑)。いろんな人とリレーしながらモニタリングしていくことになります。

4の遺伝的多様性も重要です。今年の放流魚は、1匹の雌と1匹の雄からの稚魚ばかりで、遺伝的多様性が著しく低いことが予想されます。けれどもし、道内のほかの地域の安定的個体群と尻別のとで、遺伝的多様性――ヘテロ接合の頻度で判定しますが――を比べてやれば、「放流個体群」の絶滅危険性を評価できるようになるわけです。

ほかにも水質だとか土砂流入量だとか、ほかの生物的環境だとか、重要な項目が残っていますが、これをすべてやろうとすれば膨大なコストと人員が必要になってきます。それは確かに大変なことだけれど、絶滅危惧種を復活させるためにはそこまでやらなければダメなんだ、ということでもあるんです。「オビラメの会」の会員や会場のみなさんの熱意で、これからそれを実現できたら、と思っています。