尻別川生態系総合保全策の提案

2008/06/21. 2017/08/09

柳井清治・北海道工業大学教授

柳井清治氏尻別川でイトウ保護を考える場合、河川構造物の問題が最もホットなトピックなわけですが、本流には発電のための6つの大型ダムがありますし、そのほかにも治山ダム、落差工、カルバートや橋なども含めると流域全体では非常にたくさんの構造物が存在します。これら全てがイトウやほかの水生生物にとって障害になるとはいえませんが、仮に何分の一かが障害になっているだけだとしても、問題を解決するまでに30年計画どころか、300年かかってしまうかも知れません。

サクラマス当歳魚の分布を調べた道立水産孵化場のデータをGIS(地理情報システム)に入力してみると、尻別川の下流部にはけっこう採捕されるのに、中流部より上ではほとんど捕獲されないことが分かります。これは本流の6つの大型ダムがサクラマスの遡上と繁殖を妨げている可能性を示唆していますので、何らかの改善が必要でしょう。支流部でも同じように、河川横断構造物が魚類に与えていることが考えられますので、影響の度合いを明らかにして、障害をなくす方策をとることが重要です。

では具体的にはどんな対策が考えられるのか。

さきほど塩原さんが話された倶登山川での事業例のように、河川横断物に「魚道」をつけるのは一つの方法です。しかしこれは非常に費用がかかります。できるだけ早く、安価に、またそうすることによってできるだけたくさんの障害を解消することを目指すべきですが、その場合、落差工やダムの「切り下げ」が有効です。

道内でもダムの切り下げ実験が始まっています。増毛町内での実施例では、高さ3~5mのダム堤体をV字にカットしました。サケ科魚類の遡上が確認され、安価で効率的、かつ有効であることが証明されました。

新たにダムが必要と思えるような場所では、従来のコンクリートダムの代わりに、丸太を横たえて河川勾配を緩和する「ログダム」を使うことができます。木材は腐りやすいのではないか、と思われるかも知れませんが、じつは水中ではかなり安定的なのです。特に川の周辺に森が発達しているような環境では、コンクリートダムのような違和感も全くありませんし、河畔林を含めた河川環境の保全につなげられる利点もあります。

オビラメの会の草島清作会長が1950~1970年代に尻別川で釣り上げたイトウの記録を地図に落としてみると、下流に行くほど大物個体が多いという傾向が分かります。いまオビラメの会は、失われた繁殖環境の復元を目指して支流域で稚魚放流の実験を進めているわけですが、このことを踏まえると、次の段階では本流域をどう復元するかということが非常に大事だと考えられます。

新旧の地形図を比較してみると一目瞭然ですが、かつて激しく蛇行していた尻別川は、ここ何十年かの間に大幅に直線化されてきました。屈曲部は大型イトウの生息場所として重要なのですが、それが大部分失われてしまっています。ですから本流の復元では、まず蛇行復元が考えられます。

また流域の土地利用についても、考え直す必要があるでしょう。例えば昭和51年と平成9年の尻別川流域の土地利用区分図を比べてみると、この間、森林だったところがどんどん畑地化され、そのうえ、河川と森林が分断されてきていることが分かります。河畔林は魚類をはじめ水生生物にとって非常に重要ですが、尻別川では特に中流域で、分断化されているところでは連続した森林帯を新たに創出していかなくてはなりません。

さて、こうした復元事業を実際に始めるには「流域内ネットワーク」を構築しておくことが欠かせないと思います。役所内のネットワーク、国や道庁とのネットワーク、市町村役場とのネットワーク、それから住民、漁業や農林業といった産業界とのネットワーク、それらに関わる皆が情報を共有して、計画を立てるのです。そのとき、現状の問題点は何かを明らかにし、計画を立て、結果をシミュレートしたりするのに、地理情報システム(GIS)が役立つはずです。

以上をまとめると、(1)魚の生息に障害となるような構造物はもう作らない、(2)既存の構造物を改修する場合も魚道だけに頼らない、(3)蛇行をショートカットした際の旧河川を利用するなどして水をゆっくり流し、多様な生息場を復元する、(4)水辺林を復元する、(5)流域ネットワークを組んで政策の一貫性を確保する、――となります。


2008年6月21日、ニセコ町民センターでの「イトウ保護連絡協議会2008リレーフォーラムChapter2尻別川のイトウを守るために/尻別川のイトウ保護政策を考える」での話題提供から。