【報告2】尻別イトウ保護の現状と課題 川村洋司さん(さけます・内水面水産試験場、オビラメの会)
2011/3/28, 2021/12/30
釣り人さんたちの間では、尻別川のイトウは他の川のイトウより明らかにデカい、とよく話されていますが、データからもそのことがうかがえます(→「尻別イトウは成長が早い?」)。「オビラメの会」が2010年初夏まで長年にわたって飼育してきたイトウたちの成長曲線を他の川のイトウと比べてみると、尻別イトウは幼魚の時期から顕著に成長が速いのです。サイズの割に若いので、他の川のイトウなら繁殖適齢期、と思えるサイズの魚も、尻別川では未成熟な場合が多々あります。このことだけをとっても、尻別川のイトウは何か特別で、大きな魅力を持った存在だと言えるでしょう。
ところが昭和40年ごろから、尻別川のイトウは急に減り始めます。われわれは1990年代後半に全流域の踏査しましたが、繁殖の痕跡はわずかしか発見できませんでした(→「最新情報・イトウの繁殖生態」)。現在では自然再生産はほとんど行なわれていないと考えられています。
絶滅回避のための窮余の策
このまま放置しておいては早晩絶滅は避けられません。そこで「オビラメの会」はオビラメ復活30年計画(2001年)を立案しました。(1)尻別川の自然環境を復元し、(2)尻別イトウの遺伝的固有性に注意を払いながら人工孵化放流で資源を増やし、(3)イトウ釣りのルールを設けて適切な保護管理を実現しよう、という計画です。すでに最初の10年が経過し、今は第2期に差しかかっています。
(1)では、稚魚を放流している倶登山川などで地域行政機関と協働で魚道整備を着実に進めていますし、(2)も同じ倶登山川でこれまで5000匹ほどを放流し、大光明さんを中心に追跡調査が続けられています。
とはいえ、この人工孵化放流は大きなリスクがあり、できれば使いたくない手法なのです。なぜかと言えばまず、少数の親魚に頼らざるを得ないので遺伝的多様性の確保が難しい。また、たとえ短期間でも、人工的に飼育した魚が放流後の自然環境中でうまく適応できない例は、サクラマスなどでも報告されています。さらに、放流魚が未知の病原を自然界にもたらしてしまう危険もあります。「オビラメの会」では議論と研究の末、絶滅回避のために他に頼るべき方法がないと判断して、やむを得ず採用したという経緯があります。
自然産卵がどれほど重要か
幸運なことに昨年5月、およそ20年ぶりに尻別川流域でイトウの天然産卵が確認されました。こうした環境を最優先で保護すべき、ということは、われわれが準拠している国際自然保護連合の再導入ガイドラインにも明記されています。現場の産卵環境は良好とはいえず、親魚の数も産卵数もとてもわずかですが、これをどうやって上手に守り、さらに増やしていくかが、これからの最大の課題です。
希少な生物を守るのなら、何か強力な保護法があるのでは、と考える方もおられるでしょう。いくつかを見てみましょう。
北海道には「希少野生動植物の保護に関する条例」があります。しかし、産卵期・産卵場所でだけイトウを保護する、といった小回りがききません。一年中、生息地全体(流域全体)で魚釣りや工事が規制されることになりかねず、社会合意を得られないでしょう。天然記念物を指定して守る仕組みの「文化財保護法」も、同様の使いづらさがあります。
尻別イトウは流域の宝物
漁業関連法はどうでしょう。例えば「北海道内水面漁業調整規則」を適用して、繁殖期・繁殖地でのイトウ採捕を禁じるのです。ヤマベ禁猟措置などはこのやり方ですが、問題は行政がイトウを水産資源と認めていないこと。イトウ保護への適用は難しいのが現状です。
残された道は、われわれ自身が流域の町村や住民の方、さらに釣り人の方たちといっしょに、「繁殖期のイトウは捕らないで」とお願いすることです。尻別イトウが自力で再生産していることについての情報をできるだけ多くの人たちと共有して、「イトウは尻別川流域の宝物」という意識を育んでいけたらと思うのです。またそうやって地域ぐるみで保護体制を作っていくしか、方法はないと思います。これからは「地方の時代」と言われています。強制的な法律にむやみに頼ることなく、「住民のみなさんといっしょに自分たちの総意で守る」やり方のほうが、「流域の宝物=イトウ」保護には、はるかにふさわしいのではないでしょうか。いくら法律の規制力が強いといっても、違反覚悟の密漁は防げず、地域の合意なき法律は地域住民の反発を招いて、絵に描いた餅になってしまうからです。
イトウ保護の決定打はありません。ぜひみなさんの協力をお願いします。
2011年3月28日、オビラメの会ミニシンポジウム in 札幌「20年ぶりに遡上確認! 幻の魚イトウの尻別川での自然繁殖」(札幌市男女共同参画センター大研修室)での話題提供。(C) 2011 Kawamura Hiroshi, All rights reserved.
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