イトウ繁殖地「見まもり隊」報告会2022

2022/06/06、2022/11/05

尻別川ただひとつの「天然イトウ」繁殖地はいま

川村洋司 オビラメの会(発表)
大石剛司 オビラメの会(データ集計)

 

最優先で保護すべき繁殖地

オビラメの会の「見まもり隊」は、毎年の雪解け時期に、倶知安町内の尻別イトウの自然繁殖地を24時間体制で見守っています。きっかけは2010年、尻別川流域では実におよそ20年ぶりに、この小河川でイトウの自然繁殖が確認されたことでした。現在確認されている唯一の「尻別イトウ天然魚の自然繁殖地」であり、私たちが取り組んでいる尻別川のイトウ個体群復元活動にとって、この場所が非常に貴重な場所であることは間違いありません。オビラメの会は最優先でこの場所の保護に取り組むことを決め、地元・倶知安町のみなさんのご理解とご協力を得て、2011年から今年(2022年)まで11年間、繁殖期間中のパトロールと、イトウを見学に訪問くださる人たちへの情報発信を行なってきました。

見まもり隊
2015年4月29日撮影

こちらは、現地での「見まもり」の様子です(2015年撮影)。左端に写っている草島清作会長は、この4年後、2019年の「見まもり」最終日、5月16日に逝去されました。草島さんが若かったころのような、巨大なイトウがたくさん暮らす尻別川の姿を再び取り戻す、というオビラメの会の目標達成をお見せすることができずに残念でしたが、オビラメの会のボランティアたちが、いまその遺志を継いでいます。とくに2014年以降は、横浜在住の大石剛司さん(写真右端)がキャンピングカーで現地に滞在しながら、見まもり隊のリーダーを務めてくださっています。

見まもりエリアはおよそ600m区間

さて、この川でイトウたちが主に産卵しているのは、現在はせいぜい600mほどの区間です。われわれの見まもり活動もこの区間が主舞台です。ときおりこの区間を越えてさらに上流にのぼっていく親魚もいますが、そちらについては後ほど触れることにして、まずこの区間の状況をご説明します。

われわれは毎年、河川管理者(北海道/倶知安町)の許可を得て、イトウ繁殖を知らせる看板を立て、見学者の安全確保と、人が川に近づきすぎて親魚を驚かさない対策を兼ねて、両岸の堤防に沿ってガイドロープを張っています。

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2014年4月29日撮影
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2020年4月28日撮影

また河川敷に「オビラメハウス」(据え置き式コンテナハウス)を設置しています。ハウスは、従来は見まもり隊員や見学者の交流・休憩所・夜間の詰め所として利用しているのですが、2020年初めにコロナ禍が始まってからは、「三密」にならないよう、そうした使用法は控えています。

時々、釣り人も現れますが、「イトウが産卵行動中なので、この区間での釣りは自粛ください」とお願いして、引き返してもらっています。いくら絶滅危惧種を保護するためとはいえ、法的には、オビラメの会のような市民グループが、釣り人のみなさんに「この川では釣りは禁止です」ということは、もちろんできません。ただ、見まもり活動連続10年を越えた昨年(2021年)から、オビラメの会がこの時期この区間の河川敷(堤外)の占有許可を河川管理者(北海道)から得られるようになったので、「イトウ保護のために釣りは自粛ください」と、かなり言い易くなりました。

見まもり隊は当番制で、朝5時半から夕方5時半まで、2時間おきに1日に7回ずつ、堤防道路を巡回しながら川を観察するほか、天候・気温・水温・水量・水の色などをモニターしています。水中にイトウがいるのを見つけるたび、写真や動画を撮影して、時刻と位置を地図上にポイントし、尾数やオスメス判定、行動の様子などを「オビラメ日誌」に記録する、という手順です。その間に、見学者への説明や、余裕があればイトウの見える位置まで案内して、堤防上から一緒に観察することもあります。

見まもりボランティア延べ89人、見学者延べ110人

例年、倶知安小学校の児童たちと先生方約40人がバスで見学に来ていて、見まもり隊のわれわれが解説と案内を務めています。倶知安小学校では、オビラメの会会員で水中写真家の足立聡さんらを講師役に、出前授業もしています。事前にある程度の勉強をしてからの見学なので、実際にイトウの繁殖行動を見た子どもたちから、いつもたくさん質問を受けます。今年の子どもたちもとても積極的で、次から次に質問が飛ぶので、答えるのがたいへんなくらいでした。文字通りうれしい悲鳴、という感じでした。きょうの倶知安町での報告会は、コロナ禍のせいで2年間お休みしてしまいましたが、倶知安小学校のイトウ見学会はこの間も途切れませんでしたし、今後も続けていきたいと思っています。(2022年には初めて、喜茂別町立喜茂別小学校の見学会も受け入れました。詳しくはオビラメの会ニューズレター56号

今季(2022年)の見まもり活動には、4月19日から5月15日まで、延べ89人が参加しました。またこの間に、バス見学の小学生たちを含め、延べ110人の方がイトウの様子を見にこられました。コロナ禍のせいで、以前みたいに広く倶知安町内外のみなさんに「野生のイトウをぜひ見に来てください」と呼びかけることができず、この3シーズンの見学者数は少なくなっています。

前年冬は大雪でしたから、雪解けが長引いたらイトウの繁殖期も遅れるかな、と予想していましたが、そんなことはありませんでした。急激に雪解けが進んだわりには、イトウの遡上期間中に川の極端な水量変化はありませんでした。

2022年シーズンの繁殖状況

最初の親魚の遡上を確認したのは4月21日午前9時54分で、この個体はオスでした。いっぽう、メスの最初の確認は4月30日。この時は、オスとメスが並んで、われわれが「ワンド」と呼んでいるポイントで産卵行動が見られました。この時期のイトウのオスは、真っ赤な婚姻色(繁殖期の性成熟個体に特有の体表の色や模様)が出て見つけやすいのですが、メスは婚姻色がほとんど出ないため、水上からはなかなか発見できません。オスとのペアリングが成立した後、卵を産みつけるために川底の砂利を尾びれで跳ね飛ばす動作をするさい、体を横にした数秒の間に真っ白な腹部が見えるで、「そこにメスがいたのか」と分かります。

したがって、われわれのイトウ目視カウントも、派手な姿のオスの数はかなり正確だと思いますが、地味な色のメスは見落としている割合がかなり高いと考えられます。

グラフ1
グラフ1 「見まもり」による毎日の観察尾数の推移(2014年〜2022年)

それをふまえつつ、今季の観察尾数の推移をみると(グラフ1)、メスの観察尾数は最大でも「1日1尾」でした。過去には1日2~3尾を記録した年もありましたが、近年は「せいぜい1日1尾」の状態が続いています。いっぽうオスは、観察数はむしろ増加傾向がみてとれます。ただし、これはあくまで観察尾数のデータであって、実際の遡上数とは異なる、ということに注意が必要です。オスは、いったん繁殖河川に遡上してくると、その年の産卵期が終わるまでその川に残り続けてウロウロしている場合が多いのですが、メスは産卵最適期間が3~5日間と短いうえ、産卵を済ませると比較的すぐに繁殖河川から離れる傾向があります。さきほどお話ししたように、派手な色のオスと地味な体色のメスとでは視認性(観察のしやすさ)にも大きな差がありますので、単純にオス・メスの数字を並べて比較することはできません。

オス親魚は増加傾向、メス親魚は低水準

そのバイアスをできるだけ除くために、その年の最初の親魚確認日から最終確認日までを「遡上期間」とみなして、観察数(延べ数)を遡上期間(日)で割り算したのが、グラフ2です。

グラフ2
グラフ2 遡上期間中の毎日の平均観察尾数の推移(2014年〜2022年)

まずオスの動向を見ると、2016年ごろに少し数値が落ちた後、増加傾向が続いています。いっぽうメスは、かつて1.5尾/日ほどだったのが、最近はおよそ0.5尾/日と、著しく減少しています。

今度はメスの産卵行動の観察回数をみてみましょう。ふつうイトウのメス1尾が産卵する回数は、小さなサイズのメスだと3回くらい、大きなサイズだと6回くらいです。今シーズンは、サイズの異なる2尾のメスを目視しましたので、少なくとも2尾以上のメスがこの区間に遡上してきていたのは確実です。メスの確認初日(4月30日)から最終日(5月8日)までは9日間でした。さきほどお話ししたように個々のメスの滞在期間はせいぜい3〜5日程度ですから、この9日間に3尾くらいのメスが遡上してきていた可能性もあると思います。もしこれらのメスがふつうに産卵していたら、産卵行動の観察数も10回は越えていたでしょう。でも実際には今年の遡上期間中の観察回数は、わずか6回にとどまりました。

しかも、最近4年間の観察記録を集計してみると、見まもり隊がモニターしている約600mの区間のうち、メスたちの産卵ポイントはほぼ3カ所に限られていることが分かりました。これら3ポイントのうち、最上流と最下流のポイントの距離は約400mです。「400m区間に産卵場所が3カ所」という状態は、イトウにとっては、まあ普通のことです。逆に考えると、われわれが2011年から「見まもり」を続けてきたこの600m区間では、たとえこれ以上たくさんのイトウ親魚たちが遡上してきたとしても、もう産卵できる場所がない、ということかもしれません。

順調な世代交代を裏づけ

今後に期待できる変化もあります。「見まもり」区間には落差工(堰堤)が1基あり、われわれが見まもり活動を開始した12年前には1mほどの落差が生じて、明らかにイトウの遡上を邪魔していましたが、その後、堰の直下に自然に砂利が溜まり始め、現在ではほとんど落差のないフラットな状態に変わりました。最初に述べたように、いまではわれわれの見まもり区間からさらに上流へと遡上していく親魚たちもいます。今年は、落差工の上流200mほどの位置(見まもり区間外)でイトウが産卵しているのを確認しました。「600mの見まもり区間でメスの観察尾数が減っている」とお話ししましたが、繁殖環境の上流方面への拡大がその一因なのかもしれません。

また、今季初めて、推定尾叉長70cmと比較的小型のメス親魚の産卵を目視観察することができたのも、明るいきざしだと思います。ここ数シーズンは、比較的サイズが小さくて若い親魚と考えられる個体の遡上が、オス・メスともに観察されています。この支流では、2010年におよそ20年ぶりにイトウの自然繁殖が再発見されたわけですが、そのころに誕生した次世代のイトウがいま、親魚になって母川回帰(生まれ故郷の川に戻って繁殖行動に参加すること)していると考えられます。

これまで12年間の「見まもり」活動で得られたデータを眺めてみると、オス親魚の観察数は増加傾向にあり、ここ数年は比較的小型で若い親魚の観察数が増えてきた、と言えると思います。メス親魚の観察数は低い水準のまま推移していますが、少なくともこの12年間、この支流のこの区間で途切れることなくイトウの自然繁殖が続いていることを確認できました。

イトウの世代時間は約10年です。この支流での2017年以降の親魚確認数の変化は、イトウの世代交代と深く関係していると思います。この川で生まれた子どもが順調に育って、またこの川に戻って卵を産んでいるのは間違いないでしょう。この間、意図せず落差工が自然に埋まって遡上障害がほぼなくなる、といった状況の変化が起きて、われわれの観察していない上流域で繁殖が成功し始めている可能性もあります。

尻別川の「原種」保全にむけて

この支流は、尻別イトウにとって唯一の天然魚の自然繁殖地です。いわば「原種」として、今後もずーっと守っていかなければならない、とわれわれは考えています。地元のみなさん、そして行政機関のみなさんと力を合わせて、今後も長く見守っていく必要があると思います。

倶知安町内にはもう1カ所、オビラメの会による再導入イトウが自然産卵をしている倶登山川もあります。われわれの放流イトウに由来する倶登山川生まれの稚魚がいま親魚になって同じ倶登山川に戻ってきて、自力で世代交代を始めているのです(2019年春に初確認)。

われわれの目標は、こうした繁殖河川を尻別川の流域全体に再生して、イトウの資源を復活させることです。ぜひみなさんのご理解とご協力をお願いします。


2022年7月9日(土曜)、倶知安町文化福祉センターでの「イトウ繁殖地見まもり隊報告会」でのスピーチから。


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イトウ繁殖地「見まもり隊」報告会2022オビラメの会は、倶知安町内の尻別川で、絶滅危惧種イトウ尻別川個体群の繁殖遡上の「見守り活動」を実施し、おかげさまで今季も所期の目的を達成することができました。流域唯一のオリジナル繁殖河川において、2010年から13シーズン連続で自然繁殖を確認したほか、当会によるイトウ再導入河川(倶登山川)では、再導入第2世代イトウ親魚たちによる自然繁殖が4年連続で確認されました。この成果を地域のみなさまにお知らせすべく、きたる7月9日(土曜)、下記要領で活動報告会を開催いたします。

【日時】2022年7月9日(土曜)14:00~15:30
【会場】倶知安町文化福祉センター 倶知安町南3条東4丁目
【報告者】川村洋司 オビラメの会事務局長
【入場料】無料。お申し込みは不要です。感染症抑制のため、不織布マスクの着用など、感染症対策をお願いします。
【主催】尻別川の未来を考えるオビラメの会
【共催】倶知安町
【後援】後志地域生物多様性協議会