【報告1】尻別イトウのモニタリング報告 大光明宏武さん(オビラメの会)
2011/3/28, 2021/12/30
「オビラメの会」はこれまで4度にわたって、尻別川産イトウを親魚とする人工孵化稚魚を、尻別川水系倶登山川の流域に放流してきました。2004年9月、05年6月、07年9月、08年6月の4度です。放流後に魚たちがどうなっていくか、「オビラメの会」は定期的に追跡調査を続けています。また平行して、10年5月にイトウの自然遡上と産卵が確認された尻別川支流で、経過を詳しく観察しています。これまでの結果をご報告します。
人工孵化年 | 放流時期 | 放流数 |
---|---|---|
2004年 | 2004年9月 | 1800 |
2004年 | 2005年6月 | 1700 |
2007年 | 2007年9月 | 2800 |
2007年 | 2008年6月 | 1000 |
「2007年生まれ」はすべて分散
「オビラメの会」が04-05年に放流したイトウは04年生まれ、07-08年に放流したイトウは07年生まれです。放流時に全部の魚に標識をつけて誕生年と放流日を区別できるようにしていますが、放流場所で電気漁具を用いて生け捕りを試みたところ、09年8月以降、07年生まれのイトウは1匹も見つからなくなっています。イトウは成長するにつれて下流域に分散していく習性があり、生存している07年級のイトウたちはほとんど放流河川から流下していったと考えられます。
いっぽう04年生まれのイトウは、10年11月に、春放流・秋放流の1個体ずつが放流河川内で再捕獲されました。この2匹の体長は53cm(秋放流魚)と47cm(春放流魚)でした。6歳のイトウにしてはかなり小型です。ここは幅2mほどの小河川ですから、感覚的に20~30cm程度までなら、生残率を高めるのに有効な河川だと考えますが、それ以降は成長するのに十分なキャパシティがある川とは言えないと思います。
一方、放流後早い段階で流下分散をした魚の追跡は殆ど行えていませんが、09年6月に体長約50cmの放流イトウが尻別川本流で釣られています。
04年級は、10年には雌が繁殖可能年齢に差しかかりましたが、放流河川ではまだ繁殖遡上および産卵床は確認していません。尻別川の個体群は、他水系の個体群に比べて初成熟年齢が遅いのかも知れません。
イトウにとって厳しい繁殖環境
次に、10年5月にイトウの自然遡上と産卵が確認された支流での観察結果をご報告します。
この川は上流部の大部分が岩がちな急流で、イトウ繁殖に適しているというより、むしろ「イワナの川」のようにみえます。流速・水深・礫(川砂利)サイズのいずれについても、イトウ繁殖にはかなり厳しい条件で、この川の流れの中で、イトウ親魚たちは最下流のごく短い区間に集中して産卵床を作っていました。他に適した場所が見つからず、「仕方なくそこに産んだ」という印象を私は受けています。
親魚の行動にもそれは現れていて、空知川など他の繁殖地でなら、産卵床を掘り始めて埋め戻すまで3~4時間で済むところ、尻別では8時間もかかっています。同じ場所を20回も行ったり来たりしながら、何十回も試し掘りする、といった行動を観察しました。やはり「仕方なく」そこを選んでいたように思われます。
当該産卵支流は、親魚の繁殖にかかるコストを考えると、他の捕食者に狙われる危険性増大の他、魚体の体力消耗面で、リスクの高い繁殖地と言えると思います。
また、受精後の発眼期に各産卵床内の卵を調べたところ、死卵や未授精卵が目立ちました。当該河川の環境の悪条件ゆえに産卵までにかなりの時間を費やしたことにより、放卵放精時の精子や卵の状態が悪化してしまった可能性が考えられます。このことが受精率を低下させた要因の一つとして考えられます。
孵化したベビーは成長良好
孵化・浮上後の昨年8月にタモ網を使って、また11月には電気漁具を用いて、稚魚の捕獲調査を試みました。それぞれ3個体、9個体を確認しました。
第1の注目点は、稚魚の成長の良さです。8月の平均体長は3.5cm、11月は7.0cmで、たとえば空知川での同時期の稚魚の数値と比べると、明らかに大型でした。繁殖親魚の体サイズは100cm前後ありました。親魚の体サイズに比例して、卵サイズが大径であったため、稚魚の浮上直後の体サイズも大きかったことに加えて、この成長の速さは、尻別川個体群の特徴かも知れません。あるいは、今回は遡上親魚がいずれも巨大な個体で、もともと卵径が大きかった結果だと思います。
第2の注目点は、この川は3面護岸張りにもかかわらず、岸際の一部に植生が発達して、イトウ稚魚が定位できる環境がわずかながら存在していたということです。
繁殖環境の復元と創出を!
こうした観察結果から、2つご提案したいと思います。
1つは、イトウ親魚たちの繁殖コストを低減させるために、川の勾配をいくばくか緩和するような工夫です。そうすれば今よりも流速が落ち、より小さなサイズの礫が河床にとどまって、産卵可能な範囲をもっと広げることができると考えます。
2つめは、稚魚生育環境の創出です。現状でも、水際の植生が稚魚の居場所に役立っています。川岸をもっと複雑にして、稚魚の生残率を高める工夫が必要です。
尻別川は人の住環境にとても近く、治水・利水上の観点を忘れることはできませんが、安全性に配慮したうえで、せっかく再発見されたこのイトウ自然繁殖地を保全復元していく努力をできるだけ手厚く重ねていくべきだと思います。
2011年3月28日、オビラメの会ミニシンポジウム in 札幌「20年ぶりに遡上確認! 幻の魚イトウの尻別川での自然繁殖」(札幌市男女共同参画センター大研修室)での話題提供。(C) 2011 Ohmiya Hirotake, All rights reserved.
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